洒落怖
廃墟探索

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918 光塵船 New! 2011/12/02(金) 17:30:43.34 ID:TQzRxFzv0
俺たちは冷たいコンクリート壁に沿って行っていた。あの入り口に接した柱の前まで来た時、後
ろから高い声がした。叫び声とも笑い声ともつかないその声は、廊下のずっと後ろ、私たちが来
たよりも向こうから聞こえているようだった。恐怖を自覚した。Gも振り返って震えている。私
たちは柱の向こうに回り込んで息を潜めた。声は決して大きくない。むしろ消え入りそうにも聞
こえる。そして断続的に聞こえるのみである。しかし確かに近付いてきていた。私たちの片側に、
あの入り口があった。このままここに居てはいけないと二人とも同時に思った。私たちが来た方
に、便所があった。私たちは便所に身を隠すつもりだった。泣きそうになりながら真っ暗な廊下
を横切り、扉の無い便所に入った時、便所の電灯が点いた。私たちは固まった。終ったと思った。
完全に私たちの存在と居所が知られてしまった。知られてはならない者に。便所は恐らく便所内
の動きを感知して点消灯するもので、まさか旧工場の便所がそうであるとは思わなかったのだ。
恐らくとしか書けないのは、そうでない可能性を私が知っているからだ。私たちは互いを向き合
う形で密着し、一つしかない洗面台の前で固まっていた。私はGの肩越しに鏡に映った入り口が
見えていたし、Gも入り口から目を逸らさなかったに違いない。私たちは硬直していたが、物音
も無く、明かりが消えた。私たちは息を殺し続けた。私は自分が一時間後今のこの瞬間を回想し
ながら外を歩いていることを心の底から願った。足音がした。またした。している。近付いて来
ている。こちらに来ている。すぐそばに。止まった。便所の電気が点いた。意味不明である。何
者も便所に入ってきていないはずなのに。また電気が落ち、私は心を決してGと便所を飛び出し、
迅速に廊下を戻り、造形物の脇を走り抜けて旧生糸工場から飛び出した。

919 光塵船 New! 2011/12/02(金) 17:31:23.82 ID:TQzRxFzv0
外に出た私たちはもう十年振りに呼吸が出来たかのようだった。建物から数歩離れて恐怖の呪縛
から解放された俺たちはまず「おいおいおいおいおいおい」と言ってそれが止まらなかった。建
物の中で現実だったものを処理し切れなかったのだろう。俺たちがようやくまともに喋れるよう
になったのは建物から百メートルも離れて橋の上を歩き出してからだった。口々にいったい何が
起こっていたのかと次々と可能性をまくし立て合った。若者たちの肝試し、警備員の巡回、ヤン
キーの溜り場、ヤクザの取引場…。ふと振り向いた。生糸工場があんなに遠い。だけど私たちは
見た。建物の裏側、二階と三階を結ぶ階段の辺りを、非常灯色の薄緑の光がゆっくり動いている
のを。

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