山の怖い話
滑落

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キレットに足を踏み入れて2時間、最下部のコルを通過し、北穂高岳への登りの難所に差し掛かりました。壁のようなその登りは、ピンが打たれる以前は高度なクライミング技術が必要であったと見て取れます。
先輩が先行し、私は下で確保を行います。先輩が登り切った後、降りてきた確保のザイルを装着しピンに手をかけました。
中程まで登った時、耳元で虚ろな男の声が囁きました。
「おい」
私は全身の血が凍りつきました。次の瞬間、何者かに右足を捕まれ、私は足を滑らせました。
「おい!大丈夫か?!」
確保のザイルが無ければ命は無かったでしょう。先輩の声に答えようとしたところ
「助けてくれ」
耳元で声が響き、私は身震いしました。虚ろで生気のないあの声を忘れる事は出来ません。今でも想像すると鳥肌が抑えられません。

310 本当にあった怖い名無し sage New! 2012/09/17(月) 03:52:55.08 ID:eY8fMct8i
その日は奥穂高岳を諦め、北穂高岳の山小屋に宿泊する事にしました。そこで出会った山のベテラン、50代の紳士にこの話をしたところ、彼も同じ様な経験をした事があるといいます。
人の居ない筈の場所で声が聞こえたり、山小屋で女に足を捕まれる悪夢を見たが、仲間も全く同じ夢を見ていたなど。
山の経験が長いと少なからずそういった不思議な経験をするらしく、明日は山を降りたほうが良いとの忠告を頂き、私達はそれに従いました。

朝の内は雨が残り、濃い霧が立ち込めていましたが、下まで降りてくると晴れ間も見えるようになりました。
私達は下山の前に遭難者を慰霊する穂高神社奥宮へ足を運び、今命が有ることの感謝と、遭難者の冥福を祈りました。

無事に帰宅した翌朝、先輩からの電話が鳴りました。
「おい今のテレビのニュース見たか?!」
「何かあったんですか?」
ニュースは私達が2日前に通った道、北穂高岳の北側で早朝に男性が滑落し死亡したことを伝えていました。
北アルプスの犠牲者の中には「連れて行かれた」方も居るのではないでしょうか。現実的ではないと分かっていても、あのような経験をした後ではそう思わざるを得ないのです。

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