山の怖い話
滑落

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先日私と登山仲間の先輩とが、北アルプス穂高連邦での山行中に経験した話です。
その日は穂高連邦の北に位置する槍ヶ岳から稜線を伝って奥穂高岳へ抜ける縦走ルートを計画していました。
ルート上には南岳と北穂高岳を結ぶ、大キレットと呼ばれるV字状に切れ込んだ岩稜帯があります。痩せた岩稜が連続するこのルートは、一般登山道としては屈指の難易度を誇り、毎年滑落による死者が絶えません。

当日の朝こそ太陽が顔を覗かせていましたが、南岳に達するころには濃霧に覆われ、雨も滴り始めました。予報より3時間も早い雨です。私達は文句を垂れながら雨具を纏い、互いの身体をザイルで結びました。

308 本当にあった怖い名無し sage New! 2012/09/17(月) 03:51:17.03 ID:eY8fMct8i
キレットは岩肌に梯子や鎖が取り付く厳しい下りで始まり、一気に200m程下るとキレットの最下部、コルまでアップダウンが続きます。
足を踏み入れて1時間もしない内に雨風は強まり、私達の身体を容赦無く撃ち始めました。ここで引き返す選択肢もありましたが、体力は十分であるし、今日中にはキレットを越えておきたい。
霧の中にぼんやりと浮かぶ岩山は私達を阻むように佇んでいましたが、私達はそれへ足を向けました。

岩肌に取り付くようにして岩山を登り始めると、頭上から微かに男の声が聞こえてきました。登山シーズンは過ぎているし、このような天候です。私達以外にも先を急ぐ者、物好きがいるんだなと考えながらも、私は久々の山行者との出会いに心を踊らせていました。
山頂に近づく頃にははっきりと男の声が聞こえましたが、山頂で見た光景は拍子抜けするものでした。人影は無く、切り立った細い尾根が伸びているのみ。
今私達が通ってきたルートは人一人がやっと通れる細いものであり、すれ違う事は出来ません。また、尾根は僅かばかりの足掛かりを残して鋭角に切り立ち、下方は霧に吸い込まれています。
「あれ、さっき男の人の声聞こえましたよね?」
「お前も?俺も聞こえた。」
「落ちた…なんて事はないですよね。」
「まさか。さっきも聞こえたし、落ちるような音も声もしなかっただろ…」
先輩の表情は不安と疑問が入り混じったようなものでした。
「空耳だろ。早く行くぞ」
空耳とは思えませんでしたが、反論しようとは思いませんでした。

309 本当にあった怖い名無し sage New! 2012/09/17(月) 03:52:14.95 ID:eY8fMct8i
足を滑らせれば即ち死を意味する岩崖の、僅かな足場を頼りに尾根を通過していると、下方から風が吹き上げ
「おおおおおお」
山と共鳴したのか気味の悪い音が響きました。風の音とはいえ、幾千もの、この世の者では無い者の叫びに聞こえた私は鳥肌が抑えられませんでした。
「集中しろよ。風で煽られる。絶対に身体を山側から離すな。」
それを察してか、先輩がかけてくれた激励の言葉が心強く感じました。

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