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57 黒い手 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2006/10/15(日) 20:58:49 ID:lY9MF+tv0
そういえば、縦長の箱が置かれたときその片方の端がこの女の方を向いていた。
箱の中で、黒い手が指を差しているというのだろうか。
そう思っていると、女の妙に冷たい息が耳に流れ込んできた。
「それがね、指差されてるのは箱からじゃないのよ。背中から、誰かに」
そこまで言うと三つ編み女は息を詰まらせて、逃げるように去っていた。
店の中で一人残された僕は、箱を抱えたまま棒立ちになっていた。
コト
という乾いた音がして、箱の中身の位置がずれた。
僕は生唾を飲み込んだ。
なにこの空気。もしかして、あとで後悔したりする?
ふと視線を感じると、店の外からガラス越しに黒のワンピース姿の音響がこっち
を見ていた。
アパートの部屋に帰りつき、箱をあらためて見ていると気味の悪い感覚に襲
われる。
黒い手の噂はつい最近始まったはずなのに、この箱は古い。古すぎる。
煤けたような木の箱で、裏に銘が彫ってあってもおかしくないた佇まいである。
この中に本当に黒い手が入っているのだろうか。
だいたい噂には、箱に入ってるなんて話はなかった。
音響と名乗るあの少女に担がれたような気もする。でも可愛かったなぁ。と、思わず顔がにやける。たぶん今日はオカルト好きが集まったのではなくて、少なくとも男どもは音響めあてで参加したのではないかという勘繰りをしてしまう。
そうでなければ、開けろコールくらい起きるだろう。黒い手が見たくて集まったはずならば。
僕は箱の蓋に手をかけた。
その瞬間に、さまざまな思いやら感情やらが交錯する。
まあ、今でなくてもいいんじゃない。
1週間あるんだし。
僕は、つまり、逃げたのだった。
そして箱を本棚の上に置くと、読みかけの漫画を開いた。
58 黒い手 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2006/10/15(日) 21:03:01 ID:lY9MF+tv0
それから2日間はなにごともなく過ぎた。
3日目、師匠と心霊スポットに行って、またゲンナリするような怖い目にあって帰って来た時、部屋の扉を開けるとテーブルの上に箱が乗っていた。
これは反則だ。
部屋は安全地帯。このルールを守ってもらわないと、心霊スポット巡りなんてできない。
ドキドキしながら、昨日本棚からテーブルの上に箱を移したかどうか思い出そうとする。
無意識にやったならともかく、そんな記憶はない。
平静を装いながら僕は箱を本棚の上に戻した。深く考えない方がいいような気がした。
4日目の夜。
ちょっと熱っぽくて、早々に布団に入って寝ていると不思議な感覚に襲われた。
極大のイメージと極小のイメージが交互にやってくるような、凄く遠くて凄く近いような、それでいて主体と客体がなんなのかわからないような。
子供の頃、熱が出るたび感じていたあの奇妙な感覚だった。
そんなトリップ中に、顔の一部がひんやりする感じがして、現実に引き戻された。
目を開けて天井を見ながら右の頬を撫でてみる。
そこだけアイスクリームを当てられたように、温度が低い気がした。冷え性だが、頬が冷えるというのはあまり経験がない。
痒いような気がして、しきりにそこを撫でていると、その温度の低い部分がある特徴的な形をしていることに気づいた。
いびつな5角形に、棒状のものが5本。
僕は布団を跳ね飛ばして、起き上がった。
キョロキョロと周囲を見回し、箱の位置を確認する。