師匠シリーズ

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335 刀  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/02(金) 22:28:05 ID:o7OYvvFV0
僕はその手伝いをしている。見よう見まねだが割と面白いので師匠から声が掛かるのを楽しみにするようになっていた。
「待ち合わせしてた依頼人、帰っちゃったみたいだけど所長が話聞いてくれたみたいだから、今から事務所行く」
もちろんついて行く。印鑑代もかかっているから。

事務所について早々、所長の小川さんは師匠を叱った。もちろん待ち合わせをすっぽかしたことについてだ。
こんな小さな興信所では依頼の一件一件が大切な商談だから、たとえどんな変な依頼でも割り切って大切に扱わなくてはいけない。少なくとも依頼人の前では。常にそんな心がけをして欲しい……云々と。
小川さんは飄々としているようで締めるところは締めている。
師匠はしゅんとなって聞いてたが、適当なところで説教も切り上げられ、話は依頼内容 にうつった。
「と、言うもののこいつはどうかな。期待に沿えるかどうか怪しい感じがする」
小川さんは砕けた調子で手を広げて見せた。
依頼人の名前は倉持というそうだ。男性で、七十年配の老人。刀剣の蒐集が趣味だという。依頼はその刀剣についてだった。
「金、持ってそうな名前」
と師匠がぼそりと呟いた。

倉持氏は先日、ある日本刀に関する勉強会に参加した。勉強会とは言っても刀剣研究家という肩書きを持つ先生の講義のあと、それぞれ持ち寄った自慢の一品を見せびらかして全員でああでもないこうでもないと、
とりとめもない雑談に終始する集まりなのだそうだ。
その中によくこうした集まりで顔を合わせる同年輩の男がいて、いつになく嫌味たらしい表情をしていると思っていると、大事そうに一振りの刀を取り出して口上を始めた。
ものは新々刀、会津の名工、三善長道。慶応のころというので、おそらく八代目。
刃長は二尺七寸五分。幕末らしい長刀で、非常に見栄えのする姿。
小板目の地肌に、刃紋は匂い出来の大互の目乱れ。

337 刀  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/02(金) 22:31:05 ID:o7OYvvFV0
やや研ぎ減りはあるものの、元重ねは三分もあり、迫力に満ちた一振り。
などと実に自慢げだ。
三善長道といえば初代は会津虎徹と称される最上大業物の名工。素性の良いものはおいそれと手が出せない高値がつく。
けれど時代が下り、代が重なれば「さほど」ではなくなる。
刀身や拵えなどをひっくるめて総合的に見ると、良い物だとは思うがそれほど自慢したくなるものだろうかという疑問が湧く。以前見せびらかしていた河内守国助の方がよほど良い品だ。
そう思っていると長道を持ってきたその男はこう言った。
「ところがこの迫力、野趣、いったい見栄えだけからくるものだろうか」
なにが言いたいのだろうと、周囲が注目する。
すると男はこの刀の出自に関する話をし始めた。
長々と話したが、要約するにこの三善長道は幕末期に大洲藩のさる家老の家中にあり、そのころ勤皇で固められた藩風のなかその家老の身内に、長州の起こした禁門の変に呼応して私兵により挙兵をしようとした者があった。
八月十八日の政変後の際どい政治情勢のさなか許されない愚挙であったため、家老はこれを強く諌めたが聞く耳持たれず、泣く泣く密かに斬り捨てて御家の安泰を図ったという。
その身内の若き藩士を斬った刀がここにある三善長道である、と告げられて勉強会の面々はほおと感嘆の声を上げた。
刀は人を斬るためのものだが、人を斬った刀というものにはなかなかお目にかかれない。正確には、斬ったという事実を確認できないのだ。なにしろ鑑定書にはそんなものは出てこない。
三善長道を持ってきた男はこれを懇意にしているさる噺家から譲り受けたのだそうだ。噺家の血筋はその家老に通じており、家宝の刀とともに家中の秘密としてその逸話が伝わっているのだという。
それを聞いた刀剣趣味の者たちは興味津々の体で口々に目の前の三善長道を褒め称えた。
「そう言われてみると、なるほど他にはない凄みがある」だの、「刃先からうっすら妖気のようなものが漂ってきている」だのと口にしては触らせてもらっていた。

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