師匠シリーズ

この怖い話は約 4 分で読めます。

339 刀  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/02(金) 22:35:06 ID:o7OYvvFV0
刀剣研究家の先生までもが「若き血気が志半ばで断たれた怨念が篭っているようだ」と感慨深げに言い出して、倉持氏は内心気分が良くなかった。
銘は本物でもその逸話の真贋は分かるまいに、と思ったが口に出すことは躊躇した。
この場に水を掛けるのはいかにも悪者にされてしまいそうで。
会がお開きになり、家に帰ってからも気分が落ち着かないので所蔵している日本刀をすべて出してきて並べてみると、これらの中にも人を斬ったことのある刀が混ざっているのではないかという思いが湧いてきて、居ても立ってもいられなくなったのだそうだ。

「それで私か」
「そういうこと」
倉持氏は『オバケ専門』の師匠の噂を聞きつけ、鑑定を依頼してきたのだという。
鑑定!
僕は思わず吹き出しそうになった。
う~ん、これには無礼打ちされた町人の霊が憑いてますねぇ、などとやるのだろうか。
傍目にも胡散臭いことおびただしい。
「刀のことはあんまり分かんないから、ちょっとな」
師匠は困惑した様子でため息をつく。
「ボクだってそうさ。カタナシ、ってやつ」
小川さんは冗談のつもりなのか判断つきかねる軽口を言って手のひらを上げる。
「ただ、実際になにか家で変な気配がしたり音がしたり、心霊現象かと思うようなことが起こってるらしいんだ」
「……思い込みだろう」
「さあね。ともかくそういうこともあって一度専門家に見に来て欲しいんだそうだ」
専門家ねえ、と肩をすくめながらも師匠は興味が湧いてきたような目つきをした。
「もう受けたの?」
「後日連絡ってことにしてある」
師匠は考え込むようなそぶりをしながら思いついたように首を傾げた。
「……三善長道って、なんか聞いたことがあるな」
僕は思わず口を挟む。

341 刀  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/02(金) 22:38:36 ID:o7OYvvFV0
「近藤勇の愛刀ですよ。新撰組の。池田屋事件の功に対して京都守護職の松平容保から拝領した物です。近藤勇と言えば虎徹の方が有名ですけど、そっちは偽名だったって言われてますね」
師匠は、なんだおまえ、という顔をした。
「詳しいな」
小川さんは急に真剣な顔つきになった。
「実家にいっぱいあるんで、刀やら脇差やら。門前の小僧程度ですけど」
そう言う僕の肩に、師匠は乱暴に手を置いた。
「よし、受けよう。その依頼」
ええっ。と呻いてしまった。
もしかして、なんか失敗したら僕のせいにされるのではないかという不安がよぎった。
「引き受けてくれるなら、早い方が良いって言ってたぞ。家まで来てくれって」
「じゃあもう今日とかでも?」
「二、三日はほとんど家に居るらしい」
師匠はさほど考えもせずに宣言した。
「今日、今から行くって電話して」
「了解」
零細興信所のたった一人の所員たる所長は、遅刻してきたアルバイトの勝手な都合をあっさり了承した。
「暇だろ?」
師匠は有無を言わせぬ笑顔をこちらに向けた。仕方がなかった。僕だって興味がある。
その後小川さんは倉持氏に電話をして、これからご氏名の所員が助手を一人連れて行く旨を伝えた。
そして住宅地図を確認したり先方に渡す契約書などについて師匠と簡単な打ち合わせをした後で、落ち着かなげな様子で妙に言いよどんだ。
どうしたんだろうと思っていると、「あー」と少し視線を上に向けてから「まあ、なんだ」と言った。
「さっきはちょっと言い過ぎたな。悪かった。いつも変な依頼を回して、すまない」
小川さんは師匠に軽く頭を下げた。
ふっ、と師匠の顔が和らぐ。「いや、すっぽかしたのは弁解できない。気をつけます」

この怖い話にコメントする

「刀」と関連する話(師匠シリーズ)