師匠シリーズ

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354 刀  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/02(金) 23:16:02 ID:o7OYvvFV0
背が反っており、腹にあたる部分が下向きになっている。他の六本はすべて逆に腹を上向きに出っ張らせている。
一つだけ掛け方が異なっているので、間違っていると思ったらしい。
「あれはタチですよ」
小声で注意する。
「え?」
「太刀です。打刀より古い型の武器です。馬に乗って戦うことを前提に作られたもので、刃を下にした状態で腰に吊り下げて使います。『佩く』って聞いたことあるでしょう? いわゆる刀の方は刃を上にして腰に差します。だから台に掛ける時もそれにあわせてるんです」
「なんで刀は刃が上なの」
「戦さの時だけじゃなくて、武士が普段から持ち歩くものになっていったからですよ」
「持ち歩くとなんで刃が上なの」
「下だと刀身の重みで刃が鞘の内側にあたって痛むからです」
へえ。という顔をして師匠はしきりに頷いている。
実は適当に言ったのだが、たぶん当たらずとも遠からずのはずだ。
それにしても、と僕は少し身体を引いた。
当然、それらは茎(なかご)を抜いた状態、つまり裸で並べてあると思っていたからだ。鑑定と言う言葉のイメージがそうさせたのだが、しかし確かによく考えてみると霊能力で鑑定するのだから、柄の内側に隠れている銘など確認する必要はない。
むしろ余計な先入観を与え、鑑定の信憑性を疑う結果になるだけだろう。
この依頼人はなかなかにしたたかな人物だ。
師匠がその太刀に近づこうとした時に倉持氏が戻って来た。手に布を持っている。
そう言えば今日は蒸し暑さのせいで手も汗ばんでいた。
ということは鞘から抜かせてはくれるようだ。
布を受け取り、汗を拭く。師匠もそれにならう。
「抜いても?」と顔を向けると、老人は無言で頷いた。
僕は左端の黒く落ち着いた拵えが印象的な一振りを手に取った。
そして鞘を持つ左手を腰に引きつけ、右手で柄を握ると棟を鞘の中で滑らせながら真っ直ぐに抜いた。

355 刀  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/02(金) 23:20:39 ID:o7OYvvFV0
刀身を見て、すぐに白いもやの様な線に気付いた。持ち手から斜めに上がっている。
水影だ、と思った。
二度焼きした時に出る線だ。二度焼きは再刃と呼ばれ、その刀の持っていた本来の価値を大きく損なうものだ。
がっかりしかけたが、よく見ると再刃特有の刃紋の濁りもなく美しい形を保っている。水影がそのまま映りにつながっているところを見ると、これは逆にそうした趣向なのだと気付かされた。
姿からすると堀川物かも知れない。だとすると案外これは値が張る。
持つ手が少し緊張した。
その隣では師匠が別の刀を手に取り、同じく鞘から抜こうとしている。しかし危うげな手つきで、しかも胸の前で刀を横にして左右に力を入れて引き抜こうとしていた。
僕は思わず首を振って注意する。
自分の左手の鞘をもう一度腰にあてて、さっきの僕と同じように抜けというジェスチャーをした。
刀身を晒している時は喋らないのがマナーだということは雰囲気で察してくれたらしい。
師匠は無言のまま見よう見まねで腰から引き抜いた。
唾がつくと錆の原因にもなるので、刀剣を鑑賞する時には会話は慎むのが普通だ。そのために懐紙を咥える習慣さえあったのだ。
刃を上にして抜くのも鞘の内側に擦らないようにするためだ。横にして左右に抜くと、刃を鞘に押し付ける形になり、鞘も痛めるし刃にも「ひけ」という傷がつくことがある。
こんなに素人とは思わなかったのでドキドキしながら師匠の動きを注視していたが、その手に現れた刀身に思わず目が行った。
あまりに滑らかな肌、そして刃紋。
現代刀だ。
木製の漆台も二本掛けで、大小が揃っている。残された脇差の拵えも全く同じ意匠で、しかも鍔に見覚えのある家紋があしらわれている。
さっきの部屋にあった桐の箪笥にあった家紋と同じだ。倉持家の家紋なのだろう。
ということは注文打ちに違いない。
ここで僕の頭は回転を早めた。
まずいな。

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