洒落怖
山小屋の女

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「…………ッテー………テー……カー……ョー……」
その女性は、何かぼそぼそと呟いていた。
歌だろうか。聞き取れないが、一定のテンポを感じる。

259 5/7 sage New! 2011/10/01(土) 21:40:39.32 ID:BxN9IQCP0
ああ、これは駄目だ。
現実離れした光景を見ながら、俺は妙に冷静にそう思った。
見てはいけないものを見た。
関わってはならないものだ……逃げよう。
俺が一歩後ずさると、女がぐらっと揺れて、顔を左右に振り始めた。
ぶるぶる。
ぶるぶる。
ぶんぶんぶんぶん……
振り幅が段々と大きくなり、長い黒髪が大きく振り回される。

「テーーテーーーシャーーーィィカーーーョーーー。」

何を言ってるのかさっぱり分からないが、とにかく異常だった。
俺は逃げた。
全力で来た道を走る。たぶんこの時、俺は無表情だったと思う。
全ての感情を凍らせて、何も考えずに逃げる。
少しでも何か考えれば、悲鳴一つでも上げれば、正気と恐慌の拮抗が
崩壊してしまうと思った。
パニックに陥るのを阻止するための本能だったのかもしれない。
藪を掻き分けて、元の登山コースに転がり出る。
そこで呼吸を整えながら来た道を振り返ると、
20メートルほど離れた藪の中から、黒い頭が出ているのが見えた。

「―――――。」

硬直した。
頭しか見えないが、あの白髪混じりの黒髪は、さっきのあいつだ。
動かずに立ち止まっているようだが、追ってきてる?

すぐに一目散に逃げた。登山道をひたすら駆け下りていく。
走りながら、首だけで後ろを見る。
登山道横の木の陰に、白い着物が見えた。さっきよりも近くにいる。

260 6/7 sage New! 2011/10/01(土) 21:42:37.02 ID:BxN9IQCP0
また走る。走る、走る……振り返る。
木の陰に白い着物。さっきよりも更に、近い。
「ううううう……!」と、恐怖でうめき声が漏れた。

“だるまさんが転んだ”を連想してもらえば分かり易いだろうか。
走りながら後ろを振り返ると、さっき振り返った時より近い位置に立っている。
全力で逃げてるのに、振り返った時、そいつは今まで走っていた素振りもなく、
さっきよりも近い位置に立っているのだ。

もうすぐ麓の、民家がある集落へ出る。
また振り返ると、3メートルくらいの位置に立っていた。
一瞬だが顔が見えた。目元はべったり張り付いた髪で隠れていて、
口がモゴモゴ動いていた。

前を向いて、走る、走る。
もう振り返る勇気は無かった。
次に振り向いたら、俺の背中ぴったりのところにいるんじゃないか。
ゼヒュッ、ゼヒュッ、と呼吸困難寸前になりながら、集落へ。
最初に目に付いた家に飛び込み、呼び鈴を狂ったように連打した。
「誰か!!誰か!!」

俺が騒いでいると、家の中からおばあさんが出てきた。
「なんだいな。どがぁしただ?(どうした、の意味)」

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