洒落怖
要因

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719 sage New! 2008/05/06(火) 03:01:25 ID:NnrhBDU70
 通夜で俺は、一生分と言ってもいいぐらいの涙を流した。
 俺は半狂乱になった。警察より先に犯人を見つけ出して殺すという気持ちが、
誰の目にも明らかなほどみなぎった。
 警察は伊藤さんの、自殺という結論を撤回した。
 学校は、無期限の休校となった。
 休校中はたびたび担任の先生が家庭訪問に来た。そのつど警察の捜査の状況
を訊ねたが、どうもはかばかしくないらしい旨の返答しか聞けなかった。
 いらだった俺はある日、現場をもう1回よく調べようと学校へ行った。そん
なことをしても無駄なのは解っていたが、何もせずにはいられなかった。
 田中の遺体発見現場にある献花台に花束をたむけ、職員室へ向かった。担任
を始め、先生たちは毎日出勤しているようだった。もう1回現場を見たいとい
う俺の無意味な要求を担任の先生は黙って受け入れてくれ、HR教室の鍵を手
渡してくれた。俺は久しぶりに自分の教室へ向かった。

720 sage New! 2008/05/06(火) 03:02:11 ID:NnrhBDU70
 教室に着くと俺は鍵を開け、扉を開けた。すると、中から風が吹き抜けてきた。
 教室の窓が開いている。前から2つめの、田中が死んだときに開いていた窓が、全開に。
 真正面に見える夕日に照らされた教室内に……田中がいた。
 以前とまったく変わらない風貌で、こっちに向かって立っている。そして、
「藤村君」
 俺の名前を呼んだ。
 田中だ。逆光で表情が見づらいが、やっぱり田中だ。
 涙が出そうになった。
 今日学校に来てよかった。
 嬉しくてたまらない。

721 sage New! 2008/05/06(火) 03:02:46 ID:NnrhBDU70
 ……でも、涙が出ない。この間、あれほど流した涙が出ない。
 足も前に出ない。気持ちは猛烈に喜んでいるのに、その奥にある感覚が俺の
気持ちを行動につなげない。
 なにかが変だ。なにかが。
 ……なにが?
 なんで、なんで田中は、俺の名前を呼ぶばかりで、こっちに来ないんだ?
 なんで田中は、鍵のかかった教室内にいたんだ?
 なんで田中は、裸足なんだ?
 なんで、なんで……。
「田中っ」
と、叫びたい気持ちとは裏腹に、我知らず、俺は言った。
「お前、誰だ?」
 表情は、依然逆光で見づらい。が、口元だけはかすかにうかがい知ることができた。

722 sage New! 2008/05/06(火) 03:03:15 ID:NnrhBDU70
 薄く笑っていた。
 俺は固まった。
 そんな俺を尻目に、田中はきびすを返すと、軽やかに窓枠を飛び越え、全開
の窓から下へ、一瞬で俺の視界から消えた。
 落ちた。
 我に返った俺は、あわてて窓へ駆け寄った。そうして下を覗きこもうとした。
田中は2回死ぬことになるのか、と思いながら。
 しかし、はたと足を止めた。なにか、「あの」田中が飛び越えた窓には近づ
きたくなかった。そこで俺は、右隣の、教室の1番前の窓を開け、そこから身
を乗り出し、下を覗きこんだ。
 瞬間、顔のすぐ左横を、なにかが下へ通り過ぎていった。それがなにかは、
すぐにはわからなかった。
 直後、真下の献花台に叩きつけられた自転車が、凄まじい音とともにバラバ
ラに砕け散った。薄暮の中、遠目にではあるが、それが俺の自転車であること
がはっきりとわかった。

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