師匠シリーズ

この怖い話は約 3 分で読めます。

501 声  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/01/28(日) 12:31:37 ID:STrJj++Q0
向こうも気づいたようで、こちらを振り返った。
薄暗い中を恐る恐る近づくと、それは髪の長い女性で、不安げともなんとも
つかない様子で立っているのだった。
「どうしたんですか」
と声を殺して聞くと、彼女はなにか合点したように頷いた。
たぶん、彼女も反応したのだ。バカ騒ぎする不夜城のなかでわずかな人にしか聞
こえなかった悲鳴に。
顔色を伺うが、暗さのせいで表情まではわからない。
「俺も、聞こえました」
仲間であることを確認したくてそう言った。
「ここだと思いますけど」
女性のかぼそい声がそう答えて、俺は視線の先のドアを見た。
プレートがないので、何のサークルかはわからない。頭の中でサークルの配置図
を思い浮かべるが、この辺りには普段用もないので靄がかかったように見えてこ
ない。
ドアの下の隙間からは明かりも漏れておらず、中は無人のようだったが、ビクビ
クしながらドアに耳をくっつけてみる。
なにも聞こえない。
地続きになっている遠くの部屋で誰かが飛び跳ねているような振動をかすかに
感じるだけだった。
頭をドアから離すと、無駄と知りつつノブを握った。
カチャっと音がして、わずかにドアが動いた。
驚いて思わず飛びずさる。
開く。
カギが掛かっていない。
このドアは開く。
後ずさる俺に合わせて女性も壁際まで下がっている。
心音が落ち着くまで待ってから「どうします」と小声で言うと、彼女は首を横に
振った。
おびえているのだろうか。
しかし去ろうともしない。

502 声  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/01/28(日) 12:32:50 ID:STrJj++Q0
俺はなにか義務感のようなものに駆られて、ふたたびドアへ近づく。
ノブに手をかけて、深呼吸をする。
あの悲鳴を聞いたときの、心臓が冷えるような感覚が蘇って、生唾を飲んだ。
このドアの向こうに、悲鳴の主か、あるいは関係する何かがある。そう思うだ
けで足が竦みそうになる。
「開けますよ」
と彼女に確認するように言った。でもそれはきっと自分自身に向けた言葉なの
だろう。
目をつぶってノブを引いた。
いや、つぶったつもりだった。しかしなぜか俺は目を開けたままドアを開け放
っていた。
吸い込まれそうな闇があり、その瞬間彼女が俺の背後で「キャーッ!!」という
絶叫を上げたのだった。
寿命が確実に縮むような衝撃を受けて、俺はそれでもドアノブを離さなかった。
室内は暗く、何も見えない。
暗さに慣れたはずの目にも見えないのに。
一体彼女は何に叫んだのか。
じっと闇を見つめた。
中に入ろうとするが、磁場のようなものに体が拒否されているように動けない。
いや、たんにビビッていただけなのだろう。
俺はしばらくそのままの姿勢でいたが、やがて首だけを巡らせて後ろを向こうと
した。
一体彼女は何に叫んだのか。
そのとき、あることに気がついた。
この廊下の一角は、あまりに静かだった。
やってきたときと変わらずに。
さっきの彼女の叫び声に、このサークル棟の誰も、様子を見に来ない。

この怖い話にコメントする

「声」と関連する話(師匠シリーズ)

関連ワード