師匠シリーズ
古い家

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265 師匠コピペ21 sage New! 2008/06/29(日) 13:17:12 ID:BmLMtthY0

557 古い家   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/06/29(日) 02:04:21 ID:9x5Yw4U+0
「戻ったぞ」
師匠がその穴から這い出る。僕も続く。
そこは座敷の押し入れで、脇に避けられた木製の蓋も、饐えた畳の匂いも、もと来
た時のままだった。随分時間が経ったような気がするし、あっという間だったよう
な気もする。ただあれほどおっかなびっくり探索していた古い家の中が、まるで自
分の部屋のように感じられてしまうのは不思議だった。
師匠が「よっ」と力を入れて蓋を動かし、地下への入り口を封印する。蓋が閉じき
る寸前に、狭くなった空気の通り道を生暖かい風が抜けて嫌な音を立てた。
    うううううう
…………
その呻き声のような音もやがて消えた。
完全に隙間なく蓋を閉めると、空気は漏れないようだ。これでこの家にまつわる噂
もなくなるだろうか。
そう思った瞬間、ズズズズン、という地の底から響いてくるような衝撃が周囲の闇
を振るわせた。崩落を示す振動。
地下の階段からだ。それはすぐに直感した。
そして、もう地面の奥底のあの部屋にはたどり着けなくなったことも。
土埃のような匂いが蓋から染み出してくる。
師匠は「あ~あ」と言って、鼻を鳴らした。そして息を整える暇もなく、「出よう。
嫌な感じだ」という言葉に、僕は従う。
走らない程度に急いで、入る時に僕が壊した裏の戸口から外に出た。裏庭を抜け、
雑草を掻き分けて土塀の朽ちた木戸を潜る。そのあいだ、僕ら以外のなんの気配も
感じなかった。
「お風呂に入りたい」
師匠がそう言いながら家に背を向け、遠くの黄色い街灯を目印に畦道の方へ進む。
僕は立ち止まり、その家の「醤」と書かれた正面の構えを眺める。

266 師匠コピペ22 sage New! 2008/06/29(日) 13:17:36 ID:BmLMtthY0

558 古い家 ラスト   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/06/29(日) 02:06:43 ID:9x5Yw4U+0
その僕の様子に気づいて師匠が振り返り、懐中電灯を二階に向けた。
二階の窓の格子戸は最初に見た時のまま整然と並んでいる。
「調べてみたいなんて言うなよ」
師匠の声が冷たく響く。
「あの葡萄は酸っぱい、だ」
師匠は踵を返して歩き出す。置いていかれまいと、追いかける。
蛙の鳴き声を聞きながら、僕は落ち込んでいた。
あの、地下室の窓辺で取り乱していたのは僕だった。喚いて、羽交い絞めを振りほ
どこうとしていた師匠ではなく。それは僕にも師匠にも良く分かっている。また失
望させてしまったし、それを面と向かって責められないことも逆に辛かった。
けれどあの時、師匠を止めていなかったとしたら、僕にはその後の世界を想像でき
ないのだ。
「すみません」
と言って、僕は頭を垂れた。

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