師匠シリーズ
古い家

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263 師匠19 sage 2008/06/29(日) 13:06:44 ID:2Ox1Ez7r0
555 名前:古い家   ◆oJUBn2VTGE [ウニ] 投稿日:2008/06/29(日) 01:34:17 ID:9x5Yw4U+0
この世のことわりが捻じ曲がり、目に映らなかった世界が剥き出しになる瞬間にさ
え、自分の戻るべき場所を振り返ってしまう、そんなくだらない人間だった。
燭台を投げ捨て、格子戸の大きく破れた部分に手をかけて外へ身を乗り出そうとす
る師匠を必死で止める。
羽交い絞めにして、ジタバタともがく身体を窓から引き剥がす。
なにかを喚いているが、聞かない。
その格好のままズルズルと引っ張って、もと来た部屋の戸口に向かう。師匠を前に
向けて廊下を進み、階段の下まで来ると斜め前方に無理やり押し上げた。
そして師匠のお尻に頭のてっぺんをつけて、グイグイと力任せに押していく。
「……っ! ……っ!」
何かを叫んでいる。
折り返しをいくつか過ぎたあたりでようやく耳に入った。
「わかった。わかったから。危ないから、もう押すな」
それで、少し勢いを落とした。師匠は溜息をつきながら、僕に押されないように早
足で進む。たった一つの懐中電灯は再び師匠に渡してしまった。
昇っても昇っても階段は先へ続いている。息が荒くなり汗が額から滴り落ちる。で
も止まれなかった。得体の知れない強迫観念に追い立てられて。
やがて僕の耳は、僕のでも師匠のものでもない別の足音を捉える。酸素が足らなく
なり、前方の視界が暗くなる中で僕はその音が現実なのかどうかを考える。
真上から聞こえてくるような気がした。その足音が降りてきているような。
次の角を曲がった時には、それと出くわしてしまうような……
急に前を行く師匠が立ち止まり、
「目を閉じて息も止めてろ」
と早口に言った。
僕はとっさに反応し、右足だけ次の段に掛けたまま目を閉じて息を止める。

264 師匠コピペ20 sage New! 2008/06/29(日) 13:16:40 ID:BmLMtthY0

556 古い家   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/06/29(日) 01:39:25 ID:9x5Yw4U+0
苦しい。平常時ならともかく、今は30秒ももちそうにない。その苦しさが恐怖心
を一瞬忘れさせた時、僕の身体の中を嵐のような声が通り過ぎた。たくさんの人間
の唸り声のような、呻き声のようなそれは、僕の身体を凍りつかせた後、背中から
抜けてそのまま階下へと消えていった。
やがてそれは、僕らの足元の遥か下の階を降りていく足音に変わる。それは、すれ
違うこともできない狭い一本道を、一度も僕の身体に触れないまま通り過ぎて行っ
たのだった。
「行こう」と言うように服を引っ張られ、目を開ける。
一体なにが通り抜けて違ったんですか?
そんな問い掛けを口にしようとして、僕の目の前にいるそれが、師匠ではないこと
に気づく。
悲鳴をあげそうになり、口を押さえる。
青白く、冷たい相貌。僕を不安定にさせる氷のような顔。
ああ、これは父だ。僕を怖い場所へ連れて行く父だ。僕の手を掴んで、地面の底へ
と……
「どうした」
いきなり平手が飛んで来た。
頬の痛みに僕は我にかえり、その瞬間に吸い込んだ酸素が脳髄に行き渡る。視界の
端に視神経の火花がキラキラと散る。
「幻覚でも見たか」
目の前の人間が師匠の姿に戻り、その右手が僕の手の甲を掴んだ。そして僕を引っ
張りあげるように、高い階段を昇り始める。
「さっきのは、なんだか、正直、わからん」
師匠のハァハァという息遣いが螺旋状の狭い筒のような空間に響く。煤で汚れた手
で汗を拭くので、僕らは顔中が黒くなっていることだろう。
降りる時には有限だった折り返しが、今度も有限である保障なんてどこにもない。
けれど、僕は今一人ではない、というその一点だけにしがみついて、ひたすら足を
上げ続けた。
足が震え、一歩も歩けなくなりかけた時、懐中電灯の照らす上空にポッカリと四角
く開いた空間が出現した。

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