洒落怖
虫けらと民

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昔々、天竺のそのまた向こうの海の向こうに、優しく強い王様を戴く小さな国がありました。
民達は王に倣い、勤勉で働き者で、日々の祈りを欠かしませんでした。
王様は美しく聡明なお妃様と仲睦まじく暮らしておられました。
やがて御二人の間に初めての子どもが生まれましたが、最初に生まれたのは人ではなく虫でした。
虫は生まれてすぐに死んでしまうものなのですが、なぜかこれは生き延びたのです。
最初に生まれた男を次の王にしなければならない決まりがあったものですから、
この人間ではないイキモノが跡取りに決まってしまいました。
ちょっと見た目には人間の赤ん坊に見えるため、王家の人々は違和感を感じつつも
これが虫けらだとは思いもよらなかったのです。
やがて、この生物が言葉を発するようになると明らかに人ではないことが分かってきました。
しかし、実態を知らない国民はすばらしい王子様と信じています。
国民とも相談して決めた決まりごとを、王家の一存で覆すわけにもまいりません。
王様もお妃様も、もしかしたら、これも人になれるかもしれないと、これを慈しみ
一生懸命教え諭して、どうにか国民の前でお辞儀ぐらいは出来るようになりました。
しかし所詮は虫けら、些細なことで人を恨み妬み僻んでは、喚きたて暴れるのでした。
お妃様は心労のあまり見る見るやせ細りました。
やがて、もう一匹人ではないモノが生まれてすぐに死にました。
そして3番目に生まれたのは正真正銘の人間の男の子でした。
次に産まれたのはかわいい女の子でした。その後どうなったかは、皆さんもご存知のとおりです。

511 2 sage New! 2010/03/17(水) 23:57:50 ID:edpApxdG0
ある年のこと、この国は飢饉になりました。蓄えの糧を一握りの悪党が隠してしまったために益々糧が足りません。
神官でもある王様は、国の安寧を祈り続けました。
心ある大臣や役人は、殺気立つ民らに「もてる糧を分かち合おう」と諭し、自らの蔵を開け放ちて振る舞いましたが、
多くの民の耳には届きませんでした。「これっぽっちでは足りぬ」と。
民は捨てるほどの食べ物に恵まれた暮らしを当然と思ってしまっていたのです。
民は大臣や役人を追い出し、「タダでパンと見世物を沢山やろう」と吹いてまわる男を新しい大臣に選びました。
しかしその者は、この国を占領しようとしている隣の大きな国と内通している売国奴だったのです。
(蓄えの糧を隠していたのもこの男の一派なのでした)
国の法が次々とこの売国奴と隣の国にとって都合の良い法に改悪されていきました。
約束のパンも貰えません。それどころか年貢の取立てが厳しくなり、見世物どころではありません。
この大臣とその一派は、次の王となる立場の者が「虫」だと知っての上で、王様に譲位を迫りました。
(神輿は軽いほうが楽だからです)
王様は、この虫に玉座を渡しました。この国の民の多くはこの事を大いに怒り嘆きましたが、表立っては止めません。
「決まりだから仕方がない」と考えたからです。
先王様はお妃様、王子様、お姫様の一家とともに、西の古い街へとお移りになりました。
王家に仕えてきた人々もそれに従いました。この国の民のうち、目覚めた4分の1がそれに従いました。
先王様方が西へと行ってしまわれると、不思議なことが起こりました。
都に住む、鳥も獣も皆、西へと向かったのです。森さえも根を足の様にして歩き始めました。
また、夜な夜な、宝物殿や寺社までもが西へと移動を始めたのです。
全ての「古から今日、先々の世に残すべきもの」が安寧の土地に移り終えた時、それは起こりました。

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