洒落怖
朝顔の話

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いつもは「風呂」を覆っているはずの金網が無いのだ。(ない?)
普通ならここで好奇心に任せて「覗いてみよう」なんてことになるんだろうけど、
大嫌いな庭でこんな「異常」を感じた俺はちょっとした恐慌状態だった。
と同時に、やはり年相応の好奇心も頭をもたげてくる。怖いもの見たさ、と言うやつだ。

俺は恐怖心を押し殺しながら、そろ、そろとその「風呂」に近づいていった。
そして万が一にも落ちることが無いように、その風呂の縁をしっかり掴んで、中を覗き込んだ。

…何も無い。

まあ、当たり前か。
ホッとすると言うよりも拍子抜けした感じで、俺は頭を上げた。と同時に、もう一つの異常に気付いた。

……何か聞こえる。何だ。人の声だ。
ぶつぶつ、ぶつぶつとよく判らない呟きが、背後から聞こえる。
このとき、俺はもはや硬直して動けなかった。振り返ることもできない。
しかし、その呟きは、徐々に音量を増しながら俺の背後へと迫ってくる。

634 朝顔の話4 2009/07/11(土) 19:39:56 ID:7VcXytZk0
近づいてきているのだ。

このまま振り向かずに真後ろまで近づかれるのを待つか、振り向いて一目散に逃げるか。
選択肢は二つに一つだった。
俺は覚悟を決め、極限状態まで高まった恐怖の中で、タイミングをとって振り返ることにした。
いち、に…さん。

俺の眼前には、あの「朝顔」があった。

俺はもう狂ったような勢いで立ち上がり、一目散に勝手口に向かって走った。
そして扉を閉めて鍵をかけ、その場にへなへなと座り込んだ。
右手に視線を落とすと、朝顔の観察日記はぐしゃぐしゃに握りつぶされていた。

俺はこのとき以来、朝顔の観察日記はつけないとかたく決めた。
「その日」の昼に庭を見てみると、金網はちゃんとあったし、朝顔の植木鉢も元の位置にあった。
気のせい。気のせいだ。
そう自分に言い聞かせてみても、とても観察日記を続ける気にはなれなかった。

635 朝顔の話5 sage 2009/07/11(土) 19:40:42 ID:7VcXytZk0
何度かそれとなく親父にあの「風呂」のことについて詳しく聞こうとしたが、全く要領を得ない。
思い切って祖母には俺の体験談を打ち明け、そのうえで聞いてみたが、無言で首を振るばかりだった。
それでもしつこく俺が問いただすと、祖母はただ、
「お前がそれに返事をしなくて良かった」
とだけいった。
返事?何のことだ、俺にはあの呟きが俺に何かを聞いてるようには見えなかった。
だとすれば、もしかしてあのおかしな「風呂」のようなものと何か関係があるのか。
頭の中は疑問で一杯だったが、それ以上は何を聞いても答えてくれなかった。

小学5年の終わりに引っ越して以来、その「風呂」がどうなったのかは知らない。
もう家の取り壊しと同時に埋められているだろうから、現物を見ることもできない。
結局、朝顔とあの奇妙な「風呂」が関係あったかどうかすら判らないままだ。
何もかもわからずじまいだが、俺はこれ以上のことを知らない。

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