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30 28 sage 2010/01/31(日) 00:06:07 ID:fXy0MD5bi
翌日島崎は異動を言い渡された。
昨日の仕事を意気揚々と渡したところでのカウンターパンチだ。しかも北海道の聞いたこともないような名前の支店だ。
「か、課長、俺が何を?」
「それは君が一番分かっているんじゃないの?」
今日中に荷物をまとめるようにと冷たく言われて追い払われた。
三波さんを見るといつもの笑顔で返してくれただけだった。
独身者だからといってあんまりだ。組合か?裁判か?机に向って怒りを煮詰めこんでいると、知らない宛名のメールが来た。
「3F東端の喫煙室」
それだけの内容だった。
しかし何か頭の隅にまとわりついてくるような気がした。
3Fの喫煙室。
島崎は煙草を吸わないので、煙まみれの異常な部屋にげんなりした。
なんとなく席に座っていると向こうが声をかけてきた。
伊藤と書かれた社員章をぶら下げたその男に促されて部屋を出ると、煙のいくらかも外にあふれ出た。それを通りがかりの女子社員が煙たそうにはたいていく。
「喫煙者は今では最悪の悪役だよ」
伊藤はそういって口だけで笑った。かけているメガネは分厚すぎるのか、レンズに直接目を描いたジョークグッズのように見える。
連れられた小部屋には、テレビやビデオデッキらしきものから編集機器まであるようで、まるでテレビの編集室みたいだ。うちの会社とは畑違いもいいところだが。
その部屋の真ん中のクッションのよくきいた席に伊藤は座り、島崎にはパイプの丸イスを勧めた。
ひどい無精ひげを掻きながら話し始めた。
「君もこのままでは納得いかないだろう。まず俺だが、単なる観察者だ。つばめの巣作り、アサガオの成長、超新星を観察する奴もいるらしいな。この辺りでは明るすぎて無理だろうが」
「いらついていて気長に付き合ってられないんだが」
「まあ待ちなって、話には順序ってのがある」
31 28 sage 2010/01/31(日) 00:09:51 ID:fXy0MD5bi
伊藤がリモコンの1つを操作する。
するといくつも積み重ねられたテレビの1つが点灯する。映っているのは、
「あんたの部署だ」
確かにその通り、天井の片隅から部屋全体を映している。そして例の仏壇が見える。しかし社員の姿が見当たらない。いや、一人だけ机に向って仕事をしている社員がいる。その席はそう、島崎本人の席である。
テレビ内の島崎は大きく伸びをして、席を立った。
そしてゆっくり仏壇に近づいていく。
これは昨日の夜の映像だ。
やはり今朝の異動は仏壇が関係しているのか?しかしなぜ?
「もう1つも見てみよう」
伊藤が別のリモコンを操作すると、今映っているものの左側のテレビが点灯する。
こちらは真正面に仏壇が映っている。このアングルだと部屋の出入り口の真上にカメラがあることになる。そんなところにカメラがあったか?島崎は見た記憶はない。いや、確か空調のフィンがあったはずだ。その中に?
やがて左側のテレビにも島崎が映り、仏壇の前で立ち止まった。
そして仏壇の扉がゆっくり開かれる。
「ここからだ」
伊藤が左側の画面を指差す。
すると、仏壇の内部から黒い靄のようなものがあふれ出してきた。
それは重みがあるかのように床に溜まり、島崎の足のところで両脇に分かれてさらに先へと流れだす。
画面を見ていた島崎が驚いて右側のテレビを見る。
こちらではそんな黒い靄など見えず、ただ緊張感もなく仏壇を覗き込んでいる島崎が見えるだけである。
もう一度左側を見ると、二つの流れになった黒い靄は、先端が合流するところだった。1つになった流れはしばらく続き、突如三つ又に流れが変わる。
「ああ」
思わず島崎が呻いた。
三つ又になった流れはそれぞれ、右手、頭、左手の形になったのだ。根元の二つの流れはちょうど足に見える。島崎がそれに気付いた時、靄の動きが変わった。
右手に当たる部分が床に手を付き、そこから靄全体が前に進んだのだった。腹ばいのまま手足を前後させ前に進んでいく。その動きはヤモリか何かのように見えた。