洒落怖
半世紀の苦しみ

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雨の中をしばらく歩いて、ジジイは振り向きざま言った。
「にーさん、何でそげなモンに憑かれおる?」
「かわいそうにのぉ。じゃけん、おんどれはそこに居たらいけん」

言われるや否や、ドンッと凄い音がして、おいらは胸をドつかれた。
おいらのすぐ後ろにあった、別の飲み屋の看板がバリンと音を発てて倒れた。

「!」
振り返ると、壊れた看板の中に、モゾモゾ動く小さなものが見えたような気がした。
目を凝らしたが、灰色で捕らえどころがない。ちっぽけなイキモノのような。
そいつは、ギィィイッとおぞましく一声叫んで、ヨロヨロと暗がりに逃げて行った。

ジジイは言った。
「…オカッパ髪じゃったのぅ」

632 本当にあった怖い名無し sage 2009/11/04(水) 13:33:06 ID:qEQFSSlX0
唖然と立ち尽くしていたおいらは、促されるままに飲み屋に戻って、ジジイと
話をした。ようやく身体の自由が効いてきた。
そして、ごめんねババアの経緯を話した。肋骨に絡み付いている白い手の話も。
「オカッパって…女の子ですか?」
「おう、五歳くらいのな。あいつは元の場所に戻るじゃろ。気にせんでええ」
ジジイいわく、強い恨みは感じられない。しかし自分が死んだことに、気付いて
いないのではないかと。
しかもジジイには、火傷の跡が見えたらしい。その女の子の直接の死因も、多分
それだという。酷い火傷を負って、程なく亡くなったのだろうと。

「そこら辺の辻には色んなモノがおる」
「来るモノは四方から集まって来よるが、ハテ、その後、そいつらはそれから
逝き先を決められん。何処へ向かえばいいのか」
「ゆえに溜まってしまうんじゃ。昔からのぅ」
そこはモノが溜まりやすい四辻で、気をつけて運転しているのに関わらず、
ちょっとしたタイミングで出合い頭の事故が絶えないのも、ほぼ同じような
理由だという。
結局のところ、あの時ぶつかった瞬間、あの女の子は偶然にもおいらに乗っかって
しまったのだ。
「じゃ、あのバアさんは?」
「母親。ずっとその娘と一緒におったと思う。戦争の時から、六〇年以上、ずっと」
いきなりの「戦争」という単語に驚いた。
雰囲気出しの裸電球が一瞬、瞬いたような気がした。

おいらはシャツを捲くり上げて、左胸に浮き出した痣をジジイに見せた。
案の定、それは消えかかっていた。
内心ホッとしながら、「この右手にアバラを掴まれていると思う」と告白する。
痣の跡を見ながら、ジジイは言った。
「いんや、違う。ソレは…左手じゃ」

633 本当にあった怖い名無し sage 2009/11/04(水) 13:34:37 ID:qEQFSSlX0
「は?」
この痣は、あの白い手が掴んでいたのは、前からではなかった。
左手ということは…つまりあの娘は、おいらの背後からしがみついていたのだ。
おいらとぶつかった瞬間、女の子は母親から振り飛ばされ、とっさにおいらの
わき腹にしがみついたのだという。肋骨が二本折れるほどの強い力で。

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