洒落怖
半世紀の苦しみ

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『マ・ッ・テ・オ・カ・ア・サ・ン』
解った。あの声の意味が。
でもあの時、バアさんはこっちを振り返らなかった。自分の娘が見ず知らずの男の
背中で叫んでいたのに。なぜ、それに気付かなかった?母親なのに?

「気が触れていれば、それも解らんよ」
いずれにしても…、とジジイは言葉をつなぐ。
「にーさんは、その娘をおぶって、知らずにずっと逃げておったのよ」
「何から?」
「熱い、熱い、熱気からじゃ。空襲の火災のな」
これにも妙に納得した。
近頃、熱いものが苦手になっていた理由は、ソレだった。

あのバアさん…母親は、空襲から逃げているときも、ずっと背中の娘に謝り
続けていたのだろうか?多分、もう息のない娘に。「ごめんね」、「ごめんよ」と。
あの暗闇に消えた白髪頭を思い出した。
娘を死なせ、おかしくなった頭で、今もその亡骸を背負って、半世紀以上も、
永久に続く空襲から逃げ惑っているのか。

今では自転車に乗って。
この街の、そこかしこの四つ辻を巡って。

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半世紀の苦しみ