後味の悪い話
誰そ彼心中

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 だが、実は宗太郎は本当に別人に入れ替わっていた。宗太郎は双子として生まれており、片割れは
密かに母方の縁者へ養子に出されて小栗右近と名乗っていた。だが、養子先は先代当主が不祥事を
起こしたことでお家取つぶしにあい、右近も浪人として路頭に迷った。右近は恵まれた境遇の双子の
片割れを逆恨みし、斬って顔を焼き遺体を捨てて宗太郎になり替わった。舅も姑も小姑もそれを知って
いた。他ならぬ右近自身が堂々とそう告げたからである。だが舅・姑にはどうすることもできなかった。
右近の所業を訴え出れば後継ぎのないまま当主死亡ということで向坂家もまた断絶となってしまう。
何よりも、姑にしてみれば右近もまた腹を痛めたわが子には変わりない。二人が入れ替わったのは
宗太郎が役目を引き継いだ直後で、その後数か月多忙を理由に妻を遠ざけ、宗太郎として振る舞う訓練を
していたのだ。お勤め先に宗太郎の人となりを深く知る者はおらず、妻の目さえごまかせば完全に入れ
替われると見てのことだった。

86 : 3/3 : 2012/05/05(土) 15:42:27.55 ID:Nh00VHU20
 しかし妻は気付いてしまった。気付かれたことに気付いた右近・姑・小姑は瑞枝への束縛を厳しくする。
追い詰められた瑞枝は、いつしか唯一の味方である小十郎と心を通わせていく。一線を越えることは
なかったものの、人に知られれば不義密通の謗りは免れない交流であった。瑞枝を気にかけ小十郎と
たびたび会っていた大島哲之進も、彼らの危うさを懸念する。 
 そうこうする間にも、右近・姑・小姑の三人はおさよを自殺に見せかけて殺し、おそらく舅をも病状が
悪化したように見せかけて殺し、菩提寺やかかりつけの医者や二十年前のお産に関わった産婆にまで手を
回し、二人が入れ替わった証拠を巧妙に消していく。そして側室を迎え入れて、瑞枝を軟禁する。これで
側室に子供が生まれれば、瑞枝は一生飼い殺しの運命であった。いや、それどころかいずれおさよや舅の
ように殺されるのかもしれなかった。

 瑞枝を深く愛するようになっていた小十郎は家人の目を盗んで瑞枝を連れ出す。瑞枝も小十郎の気持ちに
応え、二人はついに結ばれた。死を覚悟しての道行きであった。二人には不義の駆落ち者として追手がかかり、
諸事情で大島哲之進も追手に加わっていた。
 他の追手よりは事情を知っていた大島は小十郎の逃走経路にあたりをつけ二人が隠れていた炭焼き小屋に
たどり着く。逃がせるものなら逃がしてやりたいという思いで他の追手と別行動をとっていた大島であったが、
そこへ現れたのが宗太郎(偽)であった。大島はここに来てやっと、瑞枝と小十郎が言っていたことが正しかったと、
目の前にいる男は宗太郎とは別人だと確信を得る。宗太郎は少年の頃の怪我が元で剣術が不得手のはずであった。
(父親から引き継いだお役目が事務方だったので何とかなっていた。)

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