一人暮らし
黒い霧

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金……返せ、返せ、金……!

はっきりとそんな言葉が聞こえたが、正直その時は恐怖以外の感情なんて欠片もなく、いい年して泣きそうになりながら金縛りから逃れようと必死だった。
その時、不意に力が入り物凄い勢いで上半身を起こすことができた。
ベッドから転がり落ち、とにかくその女から逃げようと顔を上げた瞬間、既に部屋には誰もいないことに気づいた。
ふと引き戸をみると、やはり5cmほどの隙間が開いたまま。
俺は何度も戸を閉め、隙間が開いていないことを確認し、俺は再びベッドに潜り込もうとした。
しかし、俺はその時に一瞬、寒気のようなものを感じた。
もう一度部屋の中を見てみると、ベランダへのガラス戸がわずかな隙間、開いていた。
流石に戸締りを忘れた覚えのない俺は、誇張でもなんでもなく歯をがちがち鳴らしながら布団を頭からかぶって寝てしまった。

結果としてその夜、女が再び現れることはなかった。
朝、ベッドから起きようとしたときに、足首を捻った様な痛みを感じたが、特にアザやそういったものを確認することはできなかった。
ただ、俺の中で昨夜のことは夢とかではなく、間違いなく現実に起きた現象だと言う確信だけは持っていた。
それからと言うものの、俺は寝る前に寝室の戸が完全に閉まっていることを必ず確認するようになった。
その時の俺が趣味や遊びに金を使って、親から金を借りていたことに気づいたのは、多分冷静になった翌日のことだったと思う。

生活状況を改め、夢ではない心霊現象にあったことも段々と忘れ始めていた頃、東京に遊びに来ていた両親・妹・叔母・従妹にこの話をした。
妹は「何でお兄ちゃんそんなこと言うん!? いやや、叔母ちゃんらと一緒にホテル泊まる!」とか駄々をこねてたが、幽霊否定派の親父が一喝して渋々俺の部屋に泊まることになった。
逆に従妹は昔からこういう話が好きだったこともあってか、泊まりたい泊まりたいと最後まで抵抗しながら叔母に連れられて帰っていった。
親父は死体とかをよく見る職業についていたのだが「何十年もこんな仕事してて幽霊とか一度も見たことないわ。心霊写真とかも何枚も見たけど全然信じられへん」と豪語していた。

その後、正月に家に帰ったときに知ったことだが、どうやら俺はその年、厄年(しかも本厄)だったそうだ。
幽霊を見たことと関係があるのかは不明だが、母親がえらくそのことを気にして厄除けの御札を買ってくれた。
決められた方角に向けて玄関に貼らなければならないらしく、家に帰って早速貼ったのだが、1000円そこそこの御札でも何かとてつもなく頼りになるように見えて仕方がなかったことを覚えている。
あれからずっと同じ部屋に住んでいるが、再びでそういった心霊現象にあうことはなくなった。
今でもあの霊の正体はわからないが、あれから生活に余裕ができるようになったのも事実だ。

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