一人暮らし
黒い霧

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鍵のかかっているドアノブをやたらめったら回して、俺は解けない金縛りの中で心臓だけがばくばくと鼓動を早くするのを感じていた。
するとぴたり、とドアを開けようとする音が止み、それと同時にその気配が玄関を入って戸一枚隔てた俺の寝室の前にまでやってくるのを感じた。
そのとき唯一動かせる目を扉のほうへやると、引き戸が5cmほど開いていることに気づいた。

正直オカルト大好きだった昔取った杵柄とかそんなものはなく、ただ入ってくるなよ入ってくるなよ、と叶いもしない祈りをしながらひたすら怯えてた。
そうしていつの間にか引き戸から目を離せなくなっていた俺は、何か人型の黒い靄のようなものが扉を開けて入ってくるのをまともに見てしまった。
すーっと、部屋に入ってきたそれは俺の足元までやってきて、そこで立ち止まった。
顔なんてわからないので男か女かなんてものも全くわからなかったが、そいつが俺の足元に立ってこちらを見つめていることだけはわかった。
程なくしてその気配はベランダのガラス戸がある方へ向かい、そのまま外へ出て行ってしまった。
汗でびしょびしょになった身体を起こしながら、俺はキッチンと寝室を隔てる引き戸を確認してみた。
その引き戸は俺が最初に見たときと同じように、5cmぐらいの隙間が開いているだけだった。
「心霊特番とかでもよくあるけど、こういうちょっとした隙間から幽霊が入ってくるとか定番だよなぁ」
とか思いながら、実害がなかったこともあってか、あっという間に余裕を取り戻してもう一度ベッドに潜り込んだ。

段々とさっきの出来事は夢かなんかだろうな、と勝手に結論付けて眠りについた俺は、その後またすぐに目を覚ますことになった。
状況は先ほどと同じ、はっきりと何かの気配が階段を上って廊下を歩いてくるのがわかる。
そしてドアノブを乱暴に開けようとする音を聞くところまで同じ。
ここまでくると正直夢であっても早く覚めてくれという気持ちでいっぱいだった。
一瞬頭をよぎったのは、今度も本当に実害がなく通り過ぎていくのか? ということだった。
こちらを見つめてくるだけで済むのか? 黒い靄の正体がはっきり見えたら?
そんな俺の思考はそっちのけで、謎の靄はやはり人型のまま寝室に入ってきた。

先程起きたときに開いていた5cm程の隙間は、そのままにしておいたのか閉めたのか、記憶ははっきりとしていなかったが、金縛りの中で視線だけを巡らせた結果、引き戸の隙間は前回と同じように開いたままだった。
部屋に侵入してきたそれは、やはりベッドで寝ている俺の足元で歩みを止めた。
そしてそれから目を話せない俺は、黒い靄のようなものが前回よりもはっきりとした人の形を取っていることに気づいた。

髪の長い女だ。
真っ黒な髪を腰ぐらいまで伸ばした女だが、顔ははっきりとしない。
完全に怯えきった俺を見つめていた女は、唐突に俺の足首を掴むとがくがくとベッドごと俺を揺さぶり始めた。

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