師匠シリーズ
葬祭

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448 葬祭 ウニ New! 2006/06/03(土) 12:36:28 ID:3rNkYIQb0
家は寝静まっている。
豆電球のかすかな明かりの中で師匠がいった。
「死人が出ると荼毘に付して、その灰を畑に撒いたらしい。酸化
 した土を中和させる知恵だね、ところが変なのはそのこと自体
 じゃない。江戸中期までは死者を埋葬する習慣自体が一般的じゃ
 なかった。死体は『捨てる』ものだったんだよ」
寒さが増したようだ。
夏なのに。
「この集落で死体を灰にして畑あっさりに撒けたのには、さらに理由
 がある。死体をその人の本体、魂の座だと認めていなかったんだ。
 本体はちゃんと弔っている。死体から抜き出して」
抜き出す、という単語の意味が一瞬分からなかった。
「この集落では葬儀組みのような制度はなく、葬祭を取り仕切るのは
 代々伝わる呪術師、シャーマンの家だったらしい。キと呼ばれてい
 たみたいだ。
 死人が出ると彼らは死体を預かり、やがて『本体』を抜かれた死体
 が返され、親族はそれを燃やして自分たちの畑に撒く。
 抜かれた『本体』は木箱に入れられて、キが管理する石の下にまと
 めて埋められた。いわばこれが墓石で、祖霊に対する弔意や穢れ払
 いはこの石に向けられたわけ。
 彼らはこの『本体』のことをオンミと呼んでいたみたい。年寄りが
 この言葉を口にしたがらないから聞き出すのが大変だった」

師匠がこんな山の上へ来た理由がわかった。
その木箱の中身を見たいのだ。
そういう人だった。

449 葬祭 ウニ New! 2006/06/03(土) 12:37:30 ID:3rNkYIQb0
「この習慣は山を少し下った隣の集落にはなかった。近くに浄土宗の
 寺があり、その檀徒だったからだ。寺が出来る前はとなったらわか
 らないけど、どうやらこの集落単独でひっそりと続いてきた習慣
 みたいだ。その習慣も墓地埋葬法に先駆けて明治期に終わっている。
 だからこの集落の墓はすべて明治以降のものだし、ほとんどは大正
 昭和に入ってからのものじゃないかな」

その日はそのまま寝た。
その夜、生きたまま木棺に入れられる夢を見た。
次の日の朝その家の家族と飯を食っていると、そろそろ帰らないか
というようなことを暗にいわれた。
帰らないんですよ、箱の中を見るまでは。と心の中で思いながら
味のしない飯をかき込んだ。
その日はなんだか薄気味が悪くて山には行かなかった。
近くの川でひとり日がな一日ぼうっとしていた。
『僕はその木箱の中に何が入っているのか、そのことよりもこの集落
 の昔の人々が人間の本体をいったい何だと考えていたのか、それが
 知りたい』
俺は知りたくない。でも想像はつく。
あとはどこの臓器かという違いだけだ。
俺は腹の辺りを押さえたまま川原の石に腰掛けて水をはねた。
村に侵入した異物を子供たちが遠くから見ていた。
あの子たちはそんな習慣があったことも知らないだろう。

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