師匠シリーズ
家鳴り

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513 家鳴り  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/01/28(日) 12:48:47 ID:STrJj++Q0
心なしか、家鳴りが大きくなった気がする。
「食事もほとんどとらずに、げっそりと痩せこけながらこの絵を睨み続けて
 いたある日、ふいに頭をあげた彼は、きょとんとした顔で家族にこう言った
 そうだ。『わかった。これは』」
バシン・・・・・・ミシ・・・・・・ミシ・・・・・・
まるで師匠の言葉を邪魔するように、軋む音が続く。
「その4日後に、彼は家族の前から姿を消した。『地下室にいる』という
 書置きを残して。家族は家中を探した。けれど彼は見つからなかった。
 それから、普通失踪の7年間が過ぎるのを待って失踪宣告を受け、彼
 は死んだものと見なされてこの土地と家屋は残された家族によって売り払
 われた。それを買った物好きは、この家に伝わる逸話が気にいったらしい。
 『地下室にいる』というこの言葉に金を出したようなものだ、と言っていた
 よ。僕はその物好きと知り合って、この家を借りた。まあ、なかば共同の
 物置のように使っている」
だけどね、と師匠は続けた。その一瞬の間に、誰かが天井を叩くような音
が挟まる。
「だけどね、この絵ももちろんそうだけど、たとえばこの部屋を取り囲む
 モノたちはすべてその洋画家の収集物なんだ。彼は画家であり、また狂った
 オカルティストでもあった。彼のコレクションはついに家族には理解されず、
 家に付随する形で二束三文で売られてしまった。その柱時計もその一つ
 だ。なにか戦争にまつわる奇怪な逸話があるそうだが、詳しくは分からない」
師匠の声を追いかけるように家鳴りは次第に大きくなっていくようだ。
「僕自身の収集品は、鍵の掛かる地下室に置いてある。彼が『地下室にいる』
 と書き残したその地下室に。僕もその言葉が好きだ。なんだか撫でられる
 ような気持ちの悪さがないか? 『地下室にいる』という、ここに省略さ
 れた主語が『わたしは』でなかったとしたらどうだろう」
バキン・・・・・・と、床のあたりから音が聞こえた。いや、おそらく俺がそちら
に意識を集中したからそう思われただけなのかも知れない。

514 家鳴り  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/01/28(日) 12:49:51 ID:STrJj++Q0
「僕は、まだいるような気がするんだ」
師匠は目を泳がせて、笑った。
「彼か、あるいは、彼ではない別のなにかが。この家の地下室に。すくなく
 ともこの家の中に・・・・・・」
その声は乾いた闇に吸い込まれるようにフェードアウトしていき、どこから
ともなく響いてくる金属的な軋みが絡み付いて、俺の背中を虫が這うような
悪寒が走るのだった。
再びその暗い絵に視線が奪われる。
そして言わずにはいられないのだった。
あなたにはわかったんですかと。
ボキン、ボキンと骨をへし折るような空恐ろしい音がどこからともなく聞こえ
る中、師匠はすうっと表情を能面のように落ち着ける。
「わからない」
たっぷり時間をかけてそれだけを言った。

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