師匠シリーズ
依頼

この怖い話は約 3 分で読めます。

886 依頼 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/06/06(土) 23:41:16 ID:+FnIW24p0
眼鏡の奥の目が、値踏みするように細められた。
「見えるよ。それは保証する」
勝手に師匠に保証されても困るが、どうやら霊感のことを言っているらしいのは分かった。
それぞれが手に持ったコーヒーのカップが空になる間、僕は一応の説明を受けた。
目の前の男性は小川調査事務所の所長、小川さん。たった一人の所員でもある。
「見ての通りの零細興信所だ。下請けの下請けみたいな仕事ばかり回ってくる社会のゴミ溜め」
とは小川さん本人の談。
この小川さんは師匠と浅からぬ関係にあると推測される黒谷という僕と同じ大学の先輩と親戚関係にあるらしい。
その黒谷が、小川調査事務所に持ち込まれた仕事の中でも荒事関係のものを時々手伝わされていたらしいのだが、ある時から黒谷に紹介された師匠がそのバイトに加わるようになったのだそうだ。
「荒事に?」
そう訊くと、二人とも笑っていた。
「オバケだよ」
小川さんがカップを近くのデスクに置いてハンカチで口の周りを拭いた。
興信所の仕事は、おもに信用調査。法人の財産や運営実態を調べたり、個人の素行調査や浮気調査。
それから警察には見つけられない人捜し。
僕の貧困なイメージでは、結婚相手やその親類のことを近所に聞き込んで回るコート姿の男性が一番に浮かんでくる。

887 依頼 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/06/06(土) 23:48:03 ID:+FnIW24p0
様々な内容の依頼が、半ばダメ元で持ち込まれてくる中で、当然重犯罪に絡むことは受けられないし(念のため聞き直すと、めんどくさそうに『うん、軽も駄目だ』と小川さんは言った。この辺が零細の悲哀なのかも知れない)、
それから写真を見せて「この猫がうちの花壇を荒らすから懲らしめてくれ」といった、しようもない仕事も基本的には受けない。
興信所を信用せず、最低限の情報さえくれない依頼人も多い。中には連絡先さえ教えてくれない依頼人もいたそうだ。「必要があればこちらから連絡をとる」と言って。そういうときは丁重にお帰りいただくしかない。
「それから、依頼内容が不可解なケース」
小川さんは『お手上げ』というようにおどけたポーズを取り、胸のポケットを探る。
「五年前に死んだはずの父が、生前親しかった友人たちの前に姿を見せてお金の無心をして回ったらしいけれど、どうして娘の私のところへ来てくれないのか? 父にもう一度会いたい。捜してほしい。……なんて、知るかよ!
 戸籍抄本取って、『確かに死んでますから、ご希望には沿わない結果になって申し訳ありません』って言って基本料金だけ貰って業務完了だよ。一日も掛らない仕事だ。楽だけど割に合わないね」
煙草に火をつけて、深く息を吐く。
「それを、親子の再会まではさせられないが、死んでいる父がどうして金の無心をしに迷い出てきたのかを説明できるのが、こいつってわけだ」
師匠は涼しい顔でカップを傾ける。
「こんな不可能ケースで成功報酬までぶんどれるんだから、特殊な技能と言わざるを得ないな」
やがてそうした非常識な依頼が大手の興信所をたらい廻しになった挙句、小川調査事務所に持ち込まれることが多くなった。
今では「オバケならあそこ」と近隣の業界内では密かに陰口を叩かれているそうだ。

この怖い話にコメントする

依頼