師匠シリーズ
エレベーター

この怖い話は約 3 分で読めます。

198 エレベーター  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/11(月) 23:49:05 ID:sx6grxVr0
けれど、冷静に考えるとやはりただの故障のような気がしてくる。口を開きかけた時、
友人が思惑外のことを言い始めた。
「あのおばさん、なんかニガテなんだよ。たぶん9階に住んでるんだけど、4階に友
 だちがいるみたいで時々すれ違ったりすんだよ。最初に会った時、なんていうか挨拶
 するタイミングみたいなのって、あるじゃん。それがなんかどっちも噛み合わなかっ
 たっていうのか、まあシカトみたいになっちゃって。それから、こないだ挨拶しなか
 ったのに、今回はするって変な感じがして、結局毎回シカトみたいになってて。いや、
 そういうのあるだろ。わかるよな」
確かにわかる。俺も近所づきあいとか、苦手なほうだ。
「こないだなんか、1階からエレベーター乗ったらよ。先にあのおばさんが乗ってて、
 オレの顔見るなりチッって舌打ちしたんだぜ。こっちには聞こえてないつもりだった
 かも知んないけど、感じ悪いわぁ」
友人は首を捻って悪態をついた。
エレベーターの表示は1階で止まったまま動かない。
この4階を素通りしたあと、誰かが箱を降りたのだろうか。乗るために箱を呼んでいた
のなら、1階から再び上ってきているはずだから。ということは、さっき俺たちの前
を素通りしていった箱には、誰かが乗っていたことになる。いったい誰が…… 今から
ダッシュで階段を降りてもきっと、立ち去ったあとだろう。オレは顔の部分が黒く塗り
つぶされた人物がこのマンションを徘徊しているイメージを頭に浮かべ、少し薄気味が
悪くなった。扉の透明なタイプのエレベーターなら、このもやもやも解消されたかも知
れないのに。
「どうする、階段にするか」
「いや、エレベーターにしよう」
俺はもう一度下向き矢印のボタンを押そうとして、ハタと手を止めた。

199 エレベーター  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/11(月) 23:50:09 ID:sx6grxVr0
矢印のボタンはランプがついたままだった。
「やっぱり故障じゃないか」
“この階に来て扉を開け”という命令を示すランプが点灯しているのに、箱が1階に止ま
ったままなのだから。
俺は矢印ボタンを連打した。たぶん機械が古くなって本体の反応が悪くなっているの
だろう。
俺の連打が効いたのかようやく箱の現在位置は動き始め、俺たちの前で扉が開いた。
中には誰も乗っていない。
友人を促して乗り込む。
操作盤の1階のボタンを押してから、”閉”のボタンを押す。すぅっと扉は閉まり、落ち
ていく感覚が始まる。箱の中にわずかに残る香水のような匂いを、鼻腔が感知する。
不快だ。
顔が黒く塗りつぶされた人物のシルエットが、俺の中でおばさんパーマに変わる。
1階についた。
すんなり開いた扉を出て、無人のエレベーターの中を振り返る。
ほんとうにただの故障だろうか。
夕日が射す中を、扉は影を作りながら閉じていく。完全に扉は閉まり、箱の中は見えな
くなった。
ふと、思う。
今この場でもう一度ボタンを押してこの扉を開いたとして、中に誰かがいたら、どうし
よう……
嫌な空想だ。自分で勝手に恐怖を作ろうとしている。我ながら悪癖だと思う。けれど、
以前ある人が言っていたことを思い出す。

この怖い話にコメントする

「エレベーター」と関連する話(師匠シリーズ)

エレベーター