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995 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/06/03(火) 20:10:36.57 ID:3k2Hc6aw0.net
Kさんに神様を見せると、二つに割れていたことに異様なほど怪訝な表情をした。
次に黒ずんだ袋を見せようとすると、Kさんはギョとした表情をして、
驚いたような怒ったような感じで「どこからそれを持って来た!」と叫んだ。
普段はとても穏やかなKさんが叫んだので、そこにいた人がみんな驚いていたけど、
「神様と一緒のところにあった」と説明をした。
しかし、Kさんは納得せず、袋を見つけた場所で説明することになった。
再び神様が祭ってあったところに戻って説明ていると、建物の土台の下にあった板をKさんが
剥がそうとしだした。若い人達で手伝って板を剥がすと、その下には深い空洞があった。
底は暗くてよく見えないが、古い井戸のようだった。
Kさんに、この井戸は何なのか聞いてもKさんは「なんで今頃になって、、」みたいなことを
ブツブツいってなかなか話にならなかったが、
しばらくすると「もはや黙っている訳にはいかない」と、その場所については話を始めた。
Kさんはもう自分も長くは無いし、過去にあったことは伝えるべきかもしれない言っていた。
996 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/06/03(火) 20:11:34.81 ID:3k2Hc6aw0.net
Kさんが越してくるよりも、さらに十数年か二十数年前の事になる。
その頃は戦争のからみもあってなのか、大人になる前に亡くなる子供も多かったため、
子供が一人二人亡くなっても困らないように数人~10人もの子供を作るのが
一般的であったらしい。
だが、この村では健康な子供が多く、ほとんどの子供が健康に育った。
本来なら良いことであるのだが、ここで困ったのが食料不足。
わずか十数軒の小さな村に子供が60人以上もいたというのだから、当然の結果かもしれない。
しかし、生き残るには食い扶持を減らす以外に無かった。
村で話し合いを行ったが、1家に子供は2人まで。
2人の子供を残してあとは間引きするという恐ろしい結論となってしまった。
だが、時代が時代とはいえ、そんな数十人規模の間引きが許される訳もなかったし、
どうしても亡骸は残ってしまう。
それでも生き残るには他に道がなかった。
数人ずつ間引いては火葬場で骨にして、当時は複数あった井戸の一つに骨を捨てた。
なぜせめて埋葬しなかったのかはよくわからない。
最後の子供のお骨を捨てたあとに井戸に蓋をして悲しい間引きは収束した。
997 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/06/03(火) 20:14:27.01 ID:3k2Hc6aw0.net
それからしばらくの年月が流れた頃に、地区では疫病が流行り病となった。
感染するのは子供ばかりで、一人また一人と亡くなっていった。
地区では「間引きした子供の呪い」との噂がささやかれ始めた。
まだ生き残っている子供の親に、元イタコと言う霊媒師のAがいた。
Aがなぜ、この村にいたのかは不明だが、なにかに追われてきたと囁かれていたらしい。
Aは村の人を集めると、これは間引きした子供の呪いなどではなく、近隣地区の人が、
自分たちを根絶やしにして、
