師匠シリーズ

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380 鏡   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2006/12/02(土) 14:13:30 ID:Q8VwWIU/0
なにかが起こる。
そう思った俺は、ここから出ようとした。
そしてそのために振り向こうとしたとき、鏡の中の青ざめた自分の顔の端になにか黒いものが見えた気がした。
ドキドキしながら振り返るが、なにもなかった。暗い部屋が広がっているだけだ。
また鏡に向き直る。
こんどは顔の位置がずれて、顔の後ろに隠れていた黒いものが大きくなっていた。
それが動いた瞬間、叫び声をあげそうになった。
はっきりとわかる。それは人影だった。
鏡の中の二つの人影。
一つは鏡の前に立つ俺。
もう一つはその俺の後ろに立つ長い髪の人物。
さっき振り向いたときはいなかった。
そして予感がする。
もう一度振り向いても、誰もいないのではないだろうか。
困難の正体なんか、見ていいはずがなかった。
後悔がよぎる。
鏡の中で部屋の入り口付近から、長い髪の人影がこちらのほうへジリジリと近づいてくる。
暗すぎて顔まではわからない。
俺は震えながら、掛けていた眼鏡をずらす。
鏡の向こう、自分の姿や、背後の壁などとともに、その人影も輪郭からぼやけてしまった。
幻覚ではない。
脳が見せる幻なら眼鏡をずらしてもぼやけない。
硬直する俺の背後へ、ぼやけたままの人影が揺れながら近づいてくる。
耳鳴りが強くなる。
そしてこの部屋に入り、鏡を見た瞬間に感じた違和感がもう一度強く迫ってくる
ような気がした。

381 鏡   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2006/12/02(土) 14:15:03 ID:Q8VwWIU/0
振り向こうか。
振り向いたら、たぶんなにもいない。
そして部屋の入り口へ走って、外へ出る。
そうしようか。
心臓をバクバク言わせながらそんなこと思っていたが、けっして目は鏡の中から逸らせないのだった。
そのとき、鏡の中の腕時計がまた目に入った。
短針は依然1時のあたりを指していた。その瞬間、違和感の正体に気がついた。
鏡の中で腕時計をしている手をじっと見つめる。
右側の手に腕時計をしていた。
鏡の中の俺が、右側の手に腕時計をしているのだった。
俺は固まったまま動けなくなる。
俺は普段、当然のことながら左手に腕時計をはめている。
鏡に映るときは、向かって左側の手にはめていないとおかしいではないか。
そしてその鏡の中の短針は、11時のあたりを指していないとおかしいはずだった。
なんだこれは。なんだこれは。
という言葉が頭の中をぐるぐると回る。鏡に映る俺の体で、数少ない左右対称ではないものが、すべてある結論を指し示していた。
心臓が、胸の右寄りの位置でドクドクと脈打っている気がした。
(こっちが鏡の中だ)
そんなことはあるはずがなかった。
しかし鏡の向こうの俺こそが、確かに正しい方の手に正しい時間を指す腕時計をはめているのだった。

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