師匠シリーズ

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459 坂 ウニ New! 2006/06/03(土) 12:48:48 ID:3rNkYIQb0
師匠も京介さんも押し黙ったまま、車は夜道を進んだ。
イライラしたように京介さんはハンドルを指で叩く。
やがて道が二手に分かれる場所に出た。
「左です」
という僕の声に、ウインカーも出さずにハンドルが切られる。
左に折れると、すぐに上り坂が始まった。
「どこ」
「ええと、たしかもうこの辺りからそのはずですが」
あくまで噂では。
京介さんは車を停止させると、ギアをニュートラルに入れた。
・・・
ドキドキするのも一瞬。じりじりと車は後退した。
京介さんはため息をついてブレーキを踏んだ。
「あー、ちょっと楽しみだったんだけどなぁ」
僕も残念だ。
たしかに本気でそんな坂があるなんて信じていたかと言われれば、
否だが。
すると師匠が「ライト消して」と言いながら、車を降りた。
手には懐中電灯。
3人とも車を降りると、周囲になんの明かりもない山道に突っ立っ
た。
「まあ多分こういうことだな」
と師匠はぼそぼそと話しはじめた。

460 坂 ウニ New! 2006/06/03(土) 12:49:25 ID:3rNkYIQb0
この山中の坂道はゆるやかな上り坂になっているわけだが、道の先
を見ると路側帯の白線が微妙に曲がり、おそらく幅が途中から変わ
っているようだ。それが遠近感を狂わせて上り坂を下り坂に錯覚さ
せるのではないか。
周囲に傾斜を示すような比較物が少ない闇夜に、かすかな明かりに
照らされて浮かび上がった白線だけを見ていると、そんな感覚に陥
るのだろう。
師匠の言葉を聞くと、不思議なことにさっきまで上り坂だった道が
下向きの傾斜へと変化していくような気がするのだった。
「つまり、ハイビームでここを登ろうとする無粋なことをしなけれ
 ば、もう少し楽しめたんじゃない?」
師匠の挑発に、京介さんが鼻で笑う。
「あっそ。じゃあここで置いていくから、存分に錯覚を楽しんだら」
「言うねえ。四次元坂なんて信じちゃうかわいいオトナが」
虫の声が遠くから聞こえるだけの静かな道に、二人の罵りあう声だけ
が響く。
しかし、京介さんの次の言葉でその情景が一変した。
「どうでもいいけど、おまえ、後ろ振り向かないほうがいいよ。
 地蔵が来てるから」

461 坂  ラスト ウニ New! 2006/06/03(土) 12:51:16 ID:3rNkYIQb0
零下100度の水をいきなり心臓に浴びせられたようなショックに襲
われた。
京介さんの子供じみた脅かしにではない。
その脅しを聞いた瞬間に、師匠が凄まじい形相で自分の背後を振り返っ
たからだ。
驚愕でも、恐怖でもない、なにかひどく温度の低い感情が張り付いた
ような表情で。
しかしもちろん、そこには闇が広がっているだけだった。
その様子を見た京介さんも息をのんで、用意していた嘲笑も固まった。
おいおい。笑うところだろ。騙された人を笑うところだろ。
そう思いながらも、夜気が針のように痛い。
「すまん」
と京介さんが謝り、なんとも後味悪く3人は車に戻った。
師匠は後部座席に沈み込み、一言も口を利かなかった。
そして僕らはくだんの地蔵の前を通ることもなく、県道を大回りして
帰途に着いたのだった。

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