師匠シリーズ
人形

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243 人形  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/12(火) 00:49:37 ID:FukvotX90
本当に古い写真マニアだったのかこの人は。いや、というよりは、やはり心霊写真好きが高じてというのが本当のところだろう。
「というわけで、銀板写真は明治の写真屋の技術ではないんだ。だからこれは商売道具で撮影したものではなく、回顧的もしくは技術的興味で撮られた写真だろう。
 像も鮮明だから、露光時間が短縮された改良銀板写真技術のようだね」
やはり感じたとおり、材質は紙ではなかった。銅版なのか。
俺はしげしげと3人の女性を見つめる。100年も前の写真かと思うと、不思議な気持ちだ。本当に写真は時間を閉じ込めるんだな、と良くわからない感傷を抱いた。
「魂を抜かれるって、聞いたことがありますね。真ん中で写っちゃいけないとかも」
礼子さんの言葉に師匠は頷きかける。
「うん。それは当時の日本人にとっては切実な問題だったんだ。鏡ではなく、まるで己から切り離されたように自分を平面に写し込むこの未知の技法を、どこか忌まわ しいもののように感じていたんだろう。この写真の女の人たちが目を背けているの
 も、その頃の俗習だね。視線を写されるのは不吉だとされていたらしい」
本来の目的を忘れて師匠の話に耳を傾けていると、そこから少し口調が変わった。
「この、真ん中の女性が抱いている人形もそうだ」
みかっちさんの肩も緊張したように、わずかに反応する。
「真ん中の人間の寿命が縮むというのは明治時代、日本中に広がっていた噂でね。
今で言うミーム、いや都市伝説かな。そんな噂を真に受けて不安がる女性客に、写真屋が手渡すのがこれだよ」
師匠は女性の膝の人形を指さす。
「人形を入れれば、全部で4人。真ん中はなくなる。それに椅子に斜めに腰掛けることで、人間ではなく膝の上の人形が正確に写真の中心にくるような配置になっている。つまり寿命が縮む役の身代わりということだ。そうした写真の持つ不吉さを、人形に全部被せていたんだ」

244 人形  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/12(火) 00:52:39 ID:FukvotX90
ゾクゾクしはじめた。
身代わり人形だったのだ。
“穢れ”の被り役としての。
恐らく、写真屋は同じ人形を使い続けただろう。その頃、写真を撮るような客は上流階級に属している者ばかりのはずだ。そんな客に、使い捨ての安っぽい人形を持たせる訳にもいくまい。つまり、こういう、上質な市松人形のようなものが、ずっとその役目を負い続けるのだ。意思を持たないものに、悪意を被せ続ける……
そのイメージに俺はぞっとした。
何年何十年という時間の中で穢れは、悪意は集積し、この人形の内に汚濁のように溜まっていく。そして……
シーンと静まる家の中が、やけに寒く感じられた。
「ちょっと、なんでそういうこと言うのよ」
礼子さんの口から鋭く尖った言葉が迸った。
「この子は私のひいひいおばあちゃんの大切な人形よ。そんな道具なんかじゃない。だってずっと大事にされて今の私にまで受け継がれたんだから。見ればわかるわ」
そう捲くし立てて礼子さんは凄い勢いで部屋の出口へ向かった。
唖然として見送るしかない俺の横で、師匠は叫んだ。
「そんなものが実在すればね」
一瞬、礼子さんの頭がガクンと揺れた気がしたが、彼女はそのまま部屋を飛び出していった。
「どういうこと?」
とみかっちさんが訝しそうに眉を寄せる。
「まあ見てな」

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