洒落怖
狐の嫁入り

この怖い話は約 4 分で読めます。

当然だが、やがて先に高校を卒業した先輩は、県外の有名大学に進学を決めた。
春休みのある日、もう向こうに行っていたはずの先輩が俺に会いにきて、いきなり自分を抱いてほしいと言い出した。
前に拒まれてもいるし、俺としては一度仕切り直してからと決心していたから、その要求はつっぱねた。
ちゃんとした付き合いをしたいから、そういうのはしばらく無しにしようと話したが、先輩は今じゃなきゃ嫌だ、の一点張りで、今にも玄関先で叫び出しかねないような錯乱状態に陥ってしまった。
ふと、気づいた俺は、前の狐の嫁になる話と何か関係あるのかと訊いてみたが、いつかの
ように祖母さんがちょうどそこに駆けつけて、無理に連れ帰ってしまったため、先輩は
はっきりとした答を返してはくれなかった。

28 3/4 sage 2009/07/03(金) 02:20:15 ID:NrEeA73C0
自分も受験で急がしかったし、事前に教えられた連絡先に連絡しても梨のつぶてで結局、先輩とはそれっきりになってしまった。
その後、別の大学に進学した俺は、就職活動で久々に帰省する事になった。駅からの帰途、妙な車列に追い抜かれた。車内灯を晧々と点けていて、中の人たちは夜も遅いと言うのに、揃いの紋付き、止め袖を着ていた。
結婚式の帰りなのかとも考えたが、この先には俺の実家と先輩の家しかない。という事は先輩が結婚でもしたのかと思って、複雑な心境を抱えて帰宅するとちょうど両親も戻ってきたところだった。
訊けば、先輩が急死して、今夜は通夜だったと言う。
まだ、先方には客が残っているから、行く気があるならお前も線香ぐらい上げてこいと言われ、茫然自失状態の俺はそのまま先輩の家へと走った。

着いてみると、線香番の祖母さんがいるだけだった。他の家族は客を駅まで送って行ったのだという。俺はお悔やみを述べると線香を上げて、寝かされた先輩の顔を覆う布へと手を伸ばした。すると、祖母さんはその手を押し留めた。
お前がこの娘とどういう関係にあったのかは知っている。もし、本当に手を出していたらただでは済まさないつもりだったが、お前は最後の最後で踏みとどまった。それに免じて、この娘の門出に付き添う事を許す。

祖母さんはそんなような事を言うとさっさと玄関を出て行った。あわてて追いかけると、外は月が上がって見事な月夜になっていた。家の裏手に伸びる細い坂道を登っていくとすぐに道は行き止まりになった。そこには無数の札やお守りの類いに埋もれるように、粗末な社が建っていた。祖母さんはその中に屈み込むと何言か祈りを捧げ始めた。

すると、いきなりザッと雨が降り注いできた。しかし、空を見上げると雨の激しさとは無関係に月も星も先刻と変わらず輝いている。気味の悪さに腰を浮かしかけた俺の袖をつかむと、祖母さんは社に向かって手を合わせるように促した。形だけ手を合わせると、遠くから獣の声が響いた。その声は、昔話で語られるコーンという狐の声そのものだった。
姿こそ見えなかったが、次第に近づき、数も増えた声は、周囲一帯を囲んで鳴いているかのように聞こえた。
30 4/4 sage 2009/07/03(金) 02:26:10 ID:NrEeA73C0
どのくらい経ったのか、祖母さんはもういいだろうと、俺の袖から手を離した。獣の声は
いつのまにか聞こえなくなっていて、雨も小降りになっていた。
祖母さんは来たときと同じく、さっさと家へ向かって帰り出した。俺もその後を追って家に
戻ると、祖母さんは奥に引っ込んでしまい、帰宅していた家族が入れ替わりに顔を出した。
びしょ濡れの俺を見て、祖母さんに社に連れていかれていた事を察すると、迷惑をかけたと謝って、暖かい飲み物を出してくれた。ひとしきり、当り障りの無い思い出話をした後、俺は家を後にした。

この怖い話にコメントする

狐の嫁入り
関連ワード