後味の悪い話
血頭の丹兵衛

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93 : 1/2 : 2012/05/06(日) 12:08:15.91 ID:dCgRZwWC0
鬼平犯科帳の初期の話で、「血頭の丹兵衛」。

その頃、江戸では「血頭の丹兵衛」と呼ばれる盗賊一味が暴れ回っていた。
商家に押し込み、まずいきなり2, 3人を斬り斃して「お前らもこうなりたいか!」と家人を脅し
蔵の鍵を開けさせたところで、幼児を含む主人一家や奉公人たちを皆殺しにして去る。
現場には、自分たち一味の犯行を誇示する名入りの木札が残されている。

火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵は、盗賊あがりの粂八という密偵に丹兵衛のことを訊ねた。
若いころ丹兵衛の配下に加わったこともある粂八は「あれは偽者だ」と断言する。
丹兵衛は、裕福な所からだけ盗み、人身には危害を加えないことを信条とする、いわゆる本格の御頭だった。
かつて若気の至りで飯炊き娘を嬲った粂八に激怒し、破門を申し渡したほどだ。

そんな中、同じ名入りの木札を残すも、家人の就寝中に音もなく金銭を盗み取り
数日後、誰にも気付かれず また主人の枕元へ盗んだ金を返して行くという事件が起きた。
「これこそ本物の御頭だ! 偽者のやり口があんまり下衆なんで、
老体を押して本格の仕事を見せつけてくれたんだ!」 粂八の心は沸き立つ。

同じ時期、重傷で生き残った奉公人から、一味が東海道の島田宿(大井川越えの手前の宿場町)で落ち合おう
と言い合っていたのが判明する。どうやら京へ活動地を移すらしい。
捕縛隊に参加した粂八は「親分の名を汚した奴をとっ捕まえてやる!」と意気込む。

94 : 2/2 : 2012/05/06(日) 12:09:07.60 ID:dCgRZwWC0
島田宿の聞き込みで目ぼしい成果が得らないまま過ぎ、徒労感が漂いはじめた頃。
粂八の姿を見かけた盗賊の方から声を掛けてき、親分に目通しされた。
そこに居たのは、血頭の丹兵衛その人だった。愕然とする粂八。
昔の穏やかな表情とはうって変わり、ギラギラと欲望の油ぎった顔をしていた。
「当節、丹念に仕込みをして不殺ずの悠長な仕事をしていたんじゃあ、やってられねえ。
俺も隠居前にまとまった金が必要だ。どうだ、昔みたいに堅苦しい事は言わん。どうせ殺すんだ、女も犯し放題だぜ」
と粂八を誘う。 (畜生…、年をとってから汚れた奴ほど始末に負えねぇものは無い。)粂八は失望した。

粂八の報告で与力・同心たちが一味の隠れ家へ乗り込み、烈しい乱闘の末
盗賊の何名かはその場で斬殺され、残りの者と親方の丹兵衛は捕縛された。
捕り方の側に粂八の姿を見つけた丹兵衛は「狗(いぬ)だったか!裏切り者め!!」と唾を吐きかける。
粂八は唾を吐き返し、「うるせぇ、この偽者め! 俺の胸にある御頭は手前ェとは似ても似つかぬお人だ!」
と、同心たちの前で叫んで見せた。

粂八は江戸へ発ち、一足遅れて護送の丸籠が続く。
道中の茶店で、粂八はとある老盗に出会った。飄々とした老人は、かつての丹兵衛と懇意だった。
「近頃の若い連中は、力まかせのむごいやり方が増えていけねぇ。隠居から久しいが、この間
丹兵衛どんの名を騙る外道に我慢がならず、代わりにちょいと本格の手際を披露してやったよ」
いたずらっぽく笑う老爺は、少し前の粂八と同様、丹兵衛本人の犯行とは夢にも思っていなかった。
粂八は何も言えず、一礼してご隠居と別れた。道々、粂八は上の空だった。
もうすぐ護送の籠が通る。そうすれば、嫌でもご隠居はすれ違う縄付きの丹兵衛を見ることになる。
真実を知ったご隠居の落胆はいかほどのものか、と…。

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