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腹もくちくなって、Aは眠たくなったが、その前に会社に送るものがあったので、
ダイニングにある自分のコンピュータ(といっても子供の頃のだが)に向かった。
「あら、またインターネット?あなた変わらないわねえ……」
「まあね……あれ?」
Aは画面を見た。コンピュータは無事起動したのに、スクリーンが真っ黒だった。
「どうしたの?」
「故障かな?」
すると、徐々にスクリーンに文字が浮かび上がってきた。それは……
「目 を さ ま せ」
603 新約雨月物語 New! 2007/08/23(木) 19:44:52 ID:DgpMwbmM0
「目を覚ませ?変だな」
「変ねえ、これから寝るって言うのに」
首をかしげながらAは寝室に行った。
次の日の朝、Aは水滴が顔に当たる感触で目が覚めた。目を開けると
見慣れた懐かしい天井があった。雨漏りかなと思いながらキッチンに行く。
すると、母が朝ごはんを作っていた。
「あらおはよう。ご飯食べる時間ある?」
「今日は休みなんだ。ああ、それより変な夢を見たんだ」
「夢?」
「なんだかね、誰かが耳元で目を覚ませ、って言ってくるんだね。で、
ふと顔を上げると、母さんが少し悲しそうな顔をしてるんだ」
「変ねえ……」
606 新約雨月物語 New! 2007/08/23(木) 19:57:56 ID:DgpMwbmM0
Aは朝食を終えると、またコンピュータに向かった。すると、また画面が
「目をさませ」と警告を発してきた。首をかしげると、玄関のほうでがたんという
音が聞こえた。驚いていってみると、ドアが蝶番から外れていた。
「母さん、ドアが壊れてるよ」
Aは母を呼んだが、答えがない。何度呼んでも同じだった。不審に思い、Aは
キッチンに行ってみて驚いた。なんとそれはついさっきまで母がいたキッチンとは
似ても似つかなかったのだ。タイルにはカビが生え、洗い場には錆が浮き、あたかも
何年も放置されているようだった。Aは急いで居間に行ってみた。すると、そこに昨日あった
家具は消えうせ、畳も変色しており、クモの巣だらけだった。
ふと、母との会話が頭の中をよぎる。
(そうねえ、最初はつらかったけど、今はもう楽よ)
今はもう楽?Aは妙な胸騒ぎを覚えて自分の寝室に行ってみた。途中で
廊下がみしみし鳴る。寝室の扉は壊れて開きっぱなしで、天井は穴だらけだった。
(もうそういうわけにもいかないのよ。ちょっとねえ……)
Aは怖くなって家を出た。玄関のドアを蹴り破って、外に出る。すると、昨日
見た整理整頓された前庭の代わりに、荒れ果てた野原が広がっていた。
(あなたが帰ってきた時、誰もいないんじゃ寂しいでしょ。だから待ってたの)
Aはゆっくりと振り返った。生家はわずかにその面影を残していたが、
どう見ても廃屋だった。
(来てくれてありがとう)
Aはふと、母の声を聞いて繰りかえったが、無論そこには誰もいなかった。
風が吹いたとたん、懐かしい味噌汁の匂いがしたので、Aの頬から涙が
流れ落ちた。