師匠シリーズ

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665 名前:壷  4/6 投稿日:03/05/06 23:28
部屋の隅に異様なものがあった。
それは巨大な壷だった。
俺の胸ほどの高さに、抱えきれない横幅。
しかも見なれた磁器や陶器でなく、縄目がついた素焼きの壷だ。
「これって、縄文土器じゃないんスか?」
宗芳さんが首を振った。
「いや、弥生式だな。穀物を貯蔵するための器だ」
そんなものがなんでここにあるんだ? と当然思った。
師匠は壷に近づくとまじまじと眺めはじめた。
「これはあれの祖父がな、戦時中のどさくさでくすねてきたものだ」
宗芳さんは俺でも知っている遺跡の名前をあげた。
その時、師匠が口を開いた。
「これが穀物を貯蔵してたって?」
笑ってるようだ。
黄色い灯りの下でさえ、壷は生気がないような暗い色をしていた。
宗芳さんが唸った。
「あれの祖父はな、この壷は人骨を納めていたという」

666 名前:壷  5/6 投稿日:03/05/06 23:28
「見えると言うんだ。壷の口から覗くと、死者の顔が」俺は震えた。
秋とはいえ、まだ初秋だ。肌寒さには遠いはずが、寒気に襲われた。
「ときに壷から死者が這い上がって来るという。死者は部屋に満ち、土蔵に満ち、外から閂をかけると町中に響く声で泣くのだという」
俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
くらくらする。頭の中を蝿の群れが飛び回っているようだ。
鼻をつく饐えた匂いが漂い始めた。
まずい。この壷はまずい。
霊体験はこれでもかなりしてきた。
その経験がいう。
師匠は壷の口を覗き込んでいた。
「来たよ。這いあがって来てる。這いあがれ。這いあがれ」
目が爛々と輝いている。
耳鳴りだ。蝿の群れのような。
今までにないほどの凄まじい耳鳴りがしている。

667 名前:壷  6/6 投稿日:03/05/06 23:30
バチンと音がして灯りが消えた。
消える瞬間に青白い燐が壷から立つのが確かに見えた。
「いかん、外に出るぞ」宗芳さんが慌てて言った。
「見ろよ! こいつらは2千年立ってもまだこの中にいるんだよ!」
宗芳さんは喚く師匠を抱えた。
「こいつら人を食ってやがったんだ! これが僕らの原罪だ!」
俺は腰が抜けたようだった。
「ここに来い。僕の弟子なら見ろ。覗き込め。この闇を見ろ。
 此岸の闇は底無しだ。あの世なんて救いはないのさ。
 食人の、共食いの業だ! 僕はこれを見るたびに確信する!
 人間はその本質から生きる資格のないクソだと!」

俺はめったやたらに梯子を上り、逃げた。
宗芳さんは師匠を引っ張り出し、土蔵を締めると今日はもう寝て明日帰れと言った。
その夜、一晩中強い風が吹き俺は耳を塞いで眠った。
その事件のあと、師匠は元気を、やる気を取り戻したが俺は複雑な気持ちになった。

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