オカルト版まとめ
フジが老人火あぶり放送→老人死亡→証拠動画全部消される

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「退屈貴族」
【撮影】2003年12月04日 府中市是政5-9周辺の多摩川河川敷
・老人が持参したのはダンボールだけ。みかん箱かダンボールを燃やして歩く火渡りのはずが、フジテレビ・スタッフが灯油3リットルを用意した。
・灯油3リットルに、事故の対策がバケツの水1杯のみ。消火器等の準備、消防署への届け出もなし。
・火渡りの後、老人は持参したオロナインを火傷で真っ赤にただれた足に塗った。歩くことは出来ずフジテレビ・ディレクターK(金子傑)らは、老人を背負ってタクシーに乗せ自宅に送った。
・酷い火傷を負っていることは明らかだったが、Kらは2万円の出演料を支払っただけで、応急手当も何もせず放置。フジテレビに帰社した。
・Kは事故発覚後、「車中で、病院に行くか尋ねたが、老人が『大丈夫』と答えたから」と釈明している。
・老人は独り暮らしで、そのまま家で、激しい痛みに苦しんでいたと思われる。
・老人は動けない状態が続いたあげく、2日後に、老人の隣に住む兄嫁が異変に気づく。その3日後、体がぶるぶる震えているのを兄が見つけて、救急車で病院に搬送した。
・判明した火傷は、足裏から太ももにかけて、表面積の三割近くに最重度の三度という重篤なもので、多臓器不全に陥り、猛烈な寒さに震えが止まらない状態だった。事件性を疑った病院は地元警察署に通報、警察は老人の話の信憑性を疑いつつも、火傷を負った日時、場所と 「フジテレビのロケ」 であること、担当者名を聞き出した。
・翌日の夜、ついに声をかけても返事がなくなり、体温も34度まで低下、意識不明の状態が続き、老人は生命が危ぶまれる状態となった。その日、警察署はフジテレビに対し、受傷者の氏名、日時、場所、担当者名を知らせ、「火の上を歩くロケを行ったか」と問い合わせた。
<続く>
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/12(月) 13:47:02.90 ID:AM6R4yHD0
<>>2の続き>
・5日後、フジテレビは、担当者名も判っているのに、「調査したが、該当する様なロケは行っていない」
 と回答した。
・警察は事件性はないと判断、隣に住む兄夫婦にさえ事情を聞くことなく、自傷事故として処理した。
・一方、フジテレビ局内では、脳天気に編集作業が行われ、番組が作られていた。
・病院では老人に表皮を移植する手術などが繰り返された。しかし、20日には呼吸が一時停止、胃の複数ヵ所から出血、吐血。肺には水が溜まり、臓器不全に陥るなど、重篤な症状が続いていた。
【放映】2004年01月20日深夜00:58~01:28
・スタッフは、撮影後、火傷を負った老人の様子について、一度も問い合わせすることなくテレビで放映。
・放映した画面では、高さ1メートル、腰まで火が燃えさかり、途中で横に倒れた老人が下半身に大火傷を負ったことは誰の目にも明らかで、番組をみた視聴者から「やりすぎ」の苦情が相次いだ為、ようやくフジテレビはロケの事実を認める。
【放送後】
・ロケの事実を認めたフジテレビは、局内で調査、話し合った挙げ句、同局に顧問として天下りしていた元警察幹部が、警察への事情説明を行った。担当ディレクターらスタッフは事情聴取さえされなかった。
・フジテレビはこのロケを事故として公表することもなく、隠蔽した。
・老人は手術を繰り返したものの、歩行もかなわず、救急搬送以降、一度も帰宅することさえ出来ないまま、2007年09月、火傷による腎不全で死亡した。

画像は『退屈貴族』より
フジテレビ・ディレクターK=金子傑

(出演タレント…左からココリコ田中、ラサール石井、熊田曜子、ココリコ遠藤)
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/12(月) 13:47:22.10 ID:AM6R4yHD0
【フジテレビによる主な人身事故等】

▼1991年9月放送『1or8』で、背負った大量のロケット花火の爆発でヒロミが火傷を負う。
▼1992年11月23日。“風船おじさん”にフジテレビが資金援助を見返りに独占的に出発を取材。『おはよう!ナイスデイ』が煽って、翌年4月の予定を11月に出発。太平洋上で消息不明に。以後、マスコミ報道が過熱すると、フジテレビだけは一切報道しなくなった。
▼1993年6月24日。バラエティー番組『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』収録中に、香港のロックバンドメンバーがセットから転落して死亡。番組は打ち切られた。
▼1998年9月2日、『めざましテレビ』の生放送中、災害時に高所から脱出する避難器具の体験リポートで、フジテレビアナウンサー菊間千乃がマンション5階(地上約13m)の窓から落下、全治3ヶ月の重傷(腰椎圧迫骨折)を負った。
▼1999年、『愛する二人別れる二人』の出演者が遺書で番組の「やらせ」を告白し、自殺した。
▼2001年、『めちゃめちゃイケてるッ!』でセット倒壊。美術スタッフが下敷き。頭部を打ち死亡。
▼2003年10月2日、『とんねるずのみなさんのおかげでした』に出演した葛城ユキが人間大砲に挑戦して、第7胸椎粉砕などの大怪我を負った。
▼2003年12月4日、『退屈貴族』で、火渡りをするという老人の、火に油を注いで煽り、最重度の三度という重篤な大火傷を負わせたままディレクター【金子傑】が放置。老人の兄が発見して緊急搬送された。老人は呼吸の一時停止や吐血、意識不明、多臓器不全。フジテレビは、安否の確認すらしないまま番組を放映、笑い飛ばす。老人は火傷が元の腎不全で死亡。フジは隠蔽。
▼2010年8月22日、特番を放送予定だった『オレワンSP』は、「我が家」の杉山裕之が左肩関節脱臼骨折、全治2か月の重傷、陣内智則が肋骨にひび、「ハイキングウォーキング」松田洋昌が肋骨を骨折して放送中止となった。演出は老人火あぶりのディレクター【金子傑】。
▼2012年2月2日、お笑いコンビ「ずん」のやすが『とんねるずのみなさんのおかげでした』で、スキー場での収録中、ゲレンデを水上スキー用のゴムボートで走行、4メートル下の小屋に腰を強打、第二腰椎破裂骨折の大けが。現在も両手足共マヒしたまま。

6 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/03/12(月) 13:48:02.14 ID:AM6R4yHD0
降臨したお医者さんの説明

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