洒落怖
つんぼゆすり

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刀自は伯父を座らせて言った。
「つんぼゆすりとはそうしたものではない」
この刀自は僕にも遠縁になるはずだが、凄く威厳のある人だったという。
一体誰に吹きこまれたか知らぬが、と一睨みしてから刀自は語りじめた。

この村はむかし、どこでもあったことだが生まれたばかりの子供を口減らしの
ために殺すことがあった。貧しい時代の止むをえない知恵だ。
本来はお産のあと、すぐに布で首を締めるなりして殺し、生まれなかったことに
するのだが、おぶるくらいに大きくなってから殺さなければならなくなったときには
世間というものがある。
そこで母親はつんぼがあやまって赤子を揺すり殺してしまうように、わざとそういう
あやしかたをして殺すのだ。
事故であると、そういう建前で。
業の深い風習である。それゆえに鬼ゆすりとも呼ばれ忌避されるのだ。

「おぬし、弔いの真似事をしたそうだが、そのとき母親に情をうつしておったろう」
伯父はおもわずうなずいた。
「あのあたりに昔あった集落はどれも貧しい家だった。とりたてあそこでは鬼ゆすり
 が行なわれたはず。いいか、浮ばれぬのは母親ではなく殺された赤子のほうじゃ。
 助けをもとめて泣き叫び、それもかなわずに死んだ赤子の怨念が、泣き声が呪詛と
 なって母親の魂をとらえ、この世に迷わせて離さぬのだ」

伯父はそれを聞いて総毛立ったという。やはりあの時森の中で聞いた声は
伯父たちを誘っていたのだ。
『母親の成仏を願ったから』
あのまま元来た道を行っていたら、とり殺されていたのかもしれない。

刀自は静かに言った。
「鬼ゆすりのことを伝え継ぐのはわしら女の役割じゃ。産むことも殺すことも
 せぬ男はぐっと口を閉ざし、見ざる言わざる聞かざるで過ごすものだ」
伯父は恐れ入って、もうこのことは一切忘れると刀自に誓ったそうだ。

時代が大きく変わる時、廃れていく言い伝えや風習が最後の一灯をともすように
怪異をなすのだと、伯父はいつもそう締めくくった。

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