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師匠シリーズ

鏡

376 鏡   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2006/12/02(土) 14:09:25 ID:Q8VwWIU/0
大学1回生の冬。
大学に入ってから出入りするようになったネットの地元系オカルトフォーラムのオフ会に出たときのこと。
オフ会とは言っても、集まって居酒屋で飲む程度のものもあればディープなメンバーによる秘密の会合のようなものもあった。
その日も10人ほどの人間が集まって白木屋でオカルト話を肴に飲んだ後、主要メンバーだけが夜更けにリーダー格の女性の部屋に集ったのだった。
そのリーダー格の女性とはColoさんという人で(なぜか頻繁にハンドルネームを変えるのでそのとき本当にColoだったかは自信がない)、俺のオカルト道の師匠の彼女でもあった人だったので妙に可愛がられ、若輩の俺も濃い主要メンバーの集まりに混ぜてもらうことがよくあったのだ。

秘密の会合では交霊実験まがいのことをすることもあったが、その日は1次会の流れのままColoさんの部屋でダラダラと酒を飲んでいた。
山下さんという男の先輩が「疲れてくると人間の顔が4パターンしか見えなくなくなる」という不思議な現象にまつわる怖い話をしていたところまでは覚えている。
揺さぶられて目を覚ましたとき、部屋には3人しかいなかった。
Coloさん、みかっちさんという女性陣に俺。

377 鏡   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2006/12/02(土) 14:10:21 ID:Q8VwWIU/0
「鏡占いに行こう」
まだ覚醒していない頭に、実にシンプルな構文が滑り込んできた。
なんでも市内に新しい占いの店がオープンしたのだが、それが一風変わった
「鏡を使った占い」をしているのだそうだ。
思わず腕時計を見たが、短針は12時を回っていた。
しかし二人は大丈夫、大丈夫、まだやってるというのである。
洗面所をかりて顔だけ洗っていると、Coloさんがそばにやってきてこう言った。
「困ってることがあるんでしょう。その店の鏡の中には、困難の正体が映るんだって」
困っていること。
たしかにある。Coloさんやオフ会のメンバーには言っていないが、そのころ俺はある女性に絡むやっかいごとの只中にいた。
霊感の強い人に立て続けに出会ったせいか心霊現象にはよく遭遇するようになっていたのだが、異常な人間のほうがはっきり言ってたちが悪い。
その女性は、信じがたいことに市内の高校で「同級生の血を吸う」という事件を起こして停学になったことがあるという。
興味をもって彼女のことを調べてまわっていたのが不興を買ったのか、そのころ身の回りに不可思議な出来事が立て続いて起きていた。
もちろん彼女と関係があるとは限らない。
しかし最悪の事態を想定して生活するのは臆病者にとって当然だ。俺は知り合いにもらった魔除けのタリスマンなるものまで肌身離さず持っていた。
Coloさんは何を考えているのかわからない独特の表情で、「たぶん、本物だから」
と言った。

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師匠シリーズ

10円

517 10円  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/01/28(日) 12:52:29 ID:STrJj++Q0
大学1回生の春。
休日に僕は自転車で街に出ていた。

まだその新しい街に慣れていないころで、古着屋など気の利いた店を知らない僕は、とりあえず中心街の大きな百貨店に入りメンズ服などを物色しながらうろうろしていた。

そのテナントの一つに小さなペットショップがあり何気なく立ち寄ってみると、見覚えのある人がハムスターのコーナーにいた。
腰を屈めて、落ち着きのない小さな動物の動きを熱心に目で追いかけている。

一瞬誰だったか思い出せなかったが、すぐについこのあいだオフ会で会った人だと分かる。
地元のオカルト系ネット掲示板に出入りし始めたころだった。
彼女もこちらの視線に気づいたようで、顔を上げた。
「あ、こないだの」
「あ、どうも」
とりあえずそんな挨拶を交わしたが、彼女が人差し指を眉間にあてて「あー、なんだっけ。ハンドルネーム」と言うので、僕は本名を名乗った。
彼女のハンドルネームは確か京介と言ったはずだ。
少し年上で背の高い女性だった。

買い物かと聞くので、見てるだけですと答えると「ちょっとつきあわないか」と言われた。
ドキドキした。
男から見てもカッコよくて、一緒に歩いているだけでなんだか自慢げな気持ちになるような人だったから。
「はい」と答えたものの「ちょっと待て」と手で制され、僕は彼女が納得いくまでハムスターを観察するのを待つはめになった。
変な人だ、と思った。

518 10円  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/01/28(日) 12:54:01 ID:STrJj++Q0
京介さんは「喉が渇いたな」と言い、百貨店内の喫茶店に僕を連れて行った。

向かい合って席に座り、先日のオフ会で僕がこうむった恐怖体験のことを暫し語り合った。
気さくな雰囲気の人ではないが、聞き上手というのか、そのさばさばした相槌にこちらの言いたいことがスムーズに流れ出るような感じだった。

けれど、僕は彼女の表情にふとした瞬間に浮かぶ陰のようなものを感じて、それが会話の微妙な違和感になっていった。
話が途切れ、二人とも自分の飲み物に手を伸ばす。

急に周囲の雑音が大きくなった気がした。
もともと人見知りするほうで、こういう緊張感に耐えられないたちの僕は、なんとか話題を探そうと頭を回転させた。

そして特に深い考えもなく、こんなことを口走った。
「僕、霊感が強いほうなんですけど、このビルに入った時からなんか首筋がチリチリして変な感じなんですよね」
デマカセだった。
オカルトが好きな人なら、こういう話に乗ってくるんじゃないかという、ただそれだけの意図だった。

ところが京介さんの目が細くなり、急に引き締まったような顔をした。
「そうか」
なにか不味いことを言っただろうか、と不安になった。

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師匠シリーズ

雨音

454 雨音  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/09/26(水) 20:16:46 ID:gAYKdkL30
大学2回生の秋の終わりだった。
その日は朝から雨が降り続いていて、濡れたアスファルトの表面はもやのように煙っている。
こんな日には憂鬱になる。気分が沈滞し、思考は深く沈んでいる。
右手には川があり、白いガードレールの向こうもかすかに煙って見える。
カッチカッチと、車のハザードランプの音だけがやけに大きく響く。それだけが世界のリズムになる。すべてがそのリズムで成り立っている。
俺はもう一度川を見た。
あのガードレールのこちら側に雨は降り、あちら側にも同じ雨が降りそそいでいる。道に落ちる水と、川面に落ちる水。見上げれば暗く低い空から、それでも数百メートルの高さをゆっくりと落ち、地表においてわずか数センチの違いで運命が分かれている。
このイメージが妙に可笑しくて、運転席でハンドルに頬杖をついている人に伝えた。
すると彼はめんどくさそうに口を開く。
「此岸と彼岸の象徴か。確かにこの世とあの世なんてたったそれだけの違いだよ。
 けど、地中に染み込んでも川を流れても、いずれは海にたどり着く」
海。
俺にオカルトを教えた師匠が言うその「海」は、きっと「虚無」と同義なのだろう。彼は死後の世界を認めなかった。ここでいう死後の世界とは、地獄とか天国とか、そういうこの地上以外の世界のことだ。なぜか認めないのかはよくわからない。けれど頑なにそう信じていたのは確かだった。
夕暮れにはまだ少し早い。
俺と師匠は路肩にとめた車の中で、ずっと待っていた。先日雨の降る日に、師匠はここでなにか面白いものを見たらしい。

455 雨音  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/09/26(水) 20:17:23 ID:gAYKdkL30
「いい雨が降っているぞ」
そう言って俺は呼び出され、そしてここにいる。
まるで刑事の張り込みだ。
そう思いながら、アンパンをひと齧りし、牛乳のパックを傾ける。
左手には空き地があり、草むらの中で誰かが置き去りにした一輪車が雨に打たれている。
誰も通らない。
ふいに師匠が口を開き、「仮に、生まれた時から地下室で育てられた子供がいるとして、その子は地下室の外で自ら体験するまで雨というものを知らないだろうか」と、怖いことを言う。
「火よりも雨の歴史は古い。人間が猿だった頃から、いやそれ以前から地表で生きるすべての生物に雨の記憶が宿っているんじゃないかって、思うんだ」
遺伝子の奥深くに……
そう言ってガサガサとコンビニの袋を漁る。もうアンパンしか残っていないのに、諦め悪くかき回している。自分がアンパンばかり買ったくせに。
雨の記憶か。
思考が再び、深く沈降していく。
動物は生得的に、自分にとって危険なものを見分ける力がある。捕食すべきものもまた。それらに出くわした時、遺伝子に記憶された反応が起こる。もっと原始的な生命にとっては、走光性や走水性がそれだろう。
同じように、雨に対する反応も生まれついてこの体の中に眠っているのだろうか。気の遠くなるような過去から、連綿と受け継がれてきた記憶が。
はじめて雨を体験した時のことを思い出そうとする。

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古い家

244 師匠コピペ1 sage 2008/06/29(日) 12:30:32 ID:vtxXJwJU0
534 古い家   ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2008/06/29(日) 00:01:09 ID:quV+YcYD0
聞いた話である。

「面白い話を仕入れたよ」
師匠は声を顰めてそう言った。
僕のオカルト道の師匠だ。面白い話、などというものは額面どおり受け取ってはな
らない。
「県境の町に、古い商家の跡があってね。廃墟同然だけど、まだ建物は残ってるん
 だ。誰が所有してるのかわからないけど、取り壊しもせずに放置されてる。誰も
 住んでいないはずのその家から夜中、この世のものとは思えない呻き声が聞こえ
 るっていう噂が立ってね。怖がって地元の人は誰も近寄らない。どう、興味ある?」
大学2回生の夏だった。
興味があるのないのというハナシではない。ただその時の僕は、(ああ、今回は遠
出か)と思っただけだ。
その夏は、1年前の夏と同様にいやそれ以上に、怖いもの、恐ろしいものにむやみ
やたらと近づく毎日だった。
その日常はなだらかに下る斜面の様に狂っていた。普通の人には触れられない奇怪
な世界を垣間見て、恐ろしい思いをするたびに、目に見えない鍵を渡されたような
気がした。その鍵は一体どんな扉を開けるものなのかも分からない。使うべき時も
分からないまま、鍵だけが溜まっていった。僕はそれを持て余して、ひたすら街を、
山を、森を、道を、そして人の作った暗闇をうろついた。その日々は頭のどこか大
事な部分を麻痺させて、正常と異常の境をあいまいにする。
どこか現実感のない、まるで水槽の中にいるような夏だった。

ゴトゴトと軽四の助手席で揺られ、僕は窓の向こうの景色を見ていた。
師匠の家を夕方に出発したのであるが、今はすっかり日が暮れ、そそり立つ山々が
黒い巨人のような影となって不気味な連なりを見せている。

245 師匠コピペ2 sage 2008/06/29(日) 12:31:33 ID:vtxXJwJU0

535 古い家   ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2008/06/29(日) 00:08:52 ID:9x5Yw4U+0
最後にコンビニを見てからどれくらいだろうか。
寂れた田舎の道は曲がりくねり、山あいの畑の向こう側に時々民家の明かりが見え
るだけで、あとは思い出したように現れる心細い街灯の光ばかりだ。
カーステレオはさっきから稲川順二の怪談話ばかりを囁いている。時々師匠がクス
リと笑う。僕はその横顔を見る。
ハンドルを握ったまま、ふいに師匠がこちらを向いて言った。
「こないだ、くだんを見たよ」
え? と聞き返したが彼女は繰り返してくれなかった。代わりにぷいと視線を逸ら
して、「やっぱ鈍感なやつには教えない」と言った。
なんだか釈然としない思いだけが残ったが、師匠の言動は解釈がつくものばかりで
はない。
気がつくと道が広くなり、山が少し遠くへ退いて見える。
道の傍の防災柱が目に入ると、時を置かずに農協の看板が現れた。ポツリポツリと
民家や、小さな公共施設が見え始める。
「この辺に停めよう」と言って、師匠は土建会社の資材置き場のようなスペースに
車を乗り入れて、エンジンを切った。
人気はまったくない。師匠はダッシュボードから懐中電灯を取り出して、手元を照
らす。手描きの地図のようだ。
「こっち」
バタンとドアを閉めながら師匠は歩き出した。僕は後ろをついていく。
死んだように静まりかえる古い田舎町の中を進むあいだ、動くものの影すら見なか
った。懐中電灯に照らし出された道には時々なにかの標語が書かれた看板が見え、
どこか遠くでギャアギャアと鳴く鳥の声ばかりが間を持たせるように聞こえて来る。
腕時計を見ると、まだ深夜12時にもなっていない。ここでは僕らが知るそれより
も夜が長いのだ、と感じた。

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師匠シリーズ

怪物 「結」

66 師匠コピペ1 sage 2008/10/27(月) 10:14:47 ID:SNTEH34B0

267 怪物  起承転「結」上   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 01:44:23 ID:ScuN9+/G0
その日の放課後、私は3年生の教室へ向かった。
ポルターガイスト現象の本を貸してくれた先輩に会うためだ。廊下で名前を出して
聞いてみるとすぐに教室は分かった。
先輩は私の顔を見るなりオッ、という顔をして手招きをしたが、席まで行くとすぐ
に両手を顔の前で合わせて謝る。
「ゴメン。今日はこれから部活なんだ」
剣道は止めたんじゃなかったんですか、と聞くと「文科け~い」と言ってトランペ
ットを吹く真似をする。吹奏楽部かなにからしい。
「一つだけ教えてください」
そう言う私に、「ま、座りなさい」と近くの席から椅子を引っ張ってくる。その周
りでは帰り支度をする生徒たちが私を物珍しそうに横目で見ている。
多少は時間をとってくれるようなので、順序立てて聞くことにする。
「先輩の家で起こったポルターガイスト現象は、イタズラでしたか?」
先輩は目を丸くしてから笑う。
「いきなりだな。でも違うよ。私だって驚いてた。ホントに目の前で花が宙に浮か
 んだりしたんだ」
「じゃあ原因はなんですか?」
「……あの本もう読んだんだ? 私に聞くってことは」
頷く。
「まあ、知ってると思うけど、あたしの家って両親が仲良くないワケよ。今も別居
 してるし。そんで小学4年生のころって、一番バチバチやりあってた時期なのよ。
 家の中でも顔あわせれば喧嘩ばっかり。子どもの目の前で酷い口論してたんだか
 ら。まるであたしがそこに居ないみたいに」
私のイメージの中で、シルエットの男と女がいがみ合っている。そしてその傍らに
は10歳くらいの少女が怯えた表情で身体を縮ませている。
「超能力だか心霊現象だか知らないけど、たぶん原因はあたしなんだろうと思う。
 今となっては、だけど」
「じゃあ。どうやってそれが収まったんですか」

67 師匠コピペ2 sage 2008/10/27(月) 10:15:19 ID:SNTEH34B0
268 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 01:46:43 ID:ScuN9+/G0
「昨日言わなかったっけ? 祈祷師が来たの。家に。そんで、ウンジャラナンジ
 ャラ、エイヤーってやったわけよ。そしたら変なことはほとんどなくなったな」
「祈祷師がポルターガイストを鎮めたんですか」
「……なんかいじわるになったね、あなた。分かってるクセに。たぶん、満足した
 んだと思うよ。あたしが。『親がここまでやってくれた』って。今でも覚えてる
 もん。両親が二人とも、祈祷師の後ろで必死になって手を合わせて拝んでんの。
 それで、お祈りが終わった後にあたしの頭を抱いて『これで大丈夫だ』って二人
 して言うの。それであたしもなんだかホッとして、ああこれで大丈夫なんだ、っ
 て思った。最初は二人ともラップ音とか、お皿が割れたりしたこととか、なんで
 もないことみたいに無視してたのよ。気味が悪いもんだから、気のせいだ、見て
 ない、聞いてないってね。それをきっとそのころのあたしは、自分を無視された
 みたいに感じてたのね。だから余計に酷くなっていったんだと思う」
結局、思春期の子どもが起こすイタズラと同じなのだ、と私は思った。
自分を見て欲しくて、構って欲しくて、とんでもないことをしでかすのだ。それで
怒られることが分かっていながら、しないではいられない。それはアイデンティテ
ィの芽生えと深く関係している部分だからなのだろう。自分が自分であるために、
身近な他者の視線が必要なのだ。
「どうしてこんなことが気になるの」
先輩の目が私の目に向いている。
先輩もこの街を騒がせている怪現象の噂くらい聞いているだろう。それが、たった
一人の人間が焦点となっているポルターガイスト現象なのだと聞かされたら、笑う
だろうか。
私はそれに答えないまま、別のことを言った。
「先輩が見たっていう怖い夢は、もしかしてお母さんを殺す夢ですか」
空気が変わった。おっとりとして優しげだった目元が険しくなる。
「どうして知ってるの」
その迫力に呑まれそうになりながら、私は言葉を繋ぐ。
「先輩が言っていた、『ありえない夢』って、別居していていないはずのお母さん
 を、家の玄関で刺し殺す夢だったんでしょう」

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師匠シリーズ

ビデオ

640 ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/08(日) 00:16:01 ID:3TBJnZvS0

「あいつの、弟子か」
凄い力だった。黒谷は俺を引き寄せてささやく。師匠はもう外に出ていて、家の中からでは見えない。
「オレのことは聞いたか」
掴まれた腕の痛みに顔をしかめながら、頷く。
「じゃあ浦井のことも聞いたか」
まだ全部は聞いてません。ようやくそう言うと、やっと手を離してくれた。
黒谷は何か考えごとをしているように視線を宙に彷徨わせていたが、ニッと口元を歪めると、「あのビデオ、やばいぜ」と言って”もう行け”とばかりに手を振った。
掴まれた肘の裏側が熱を持ったように痛む。俺は逃げるように靴を履いて外へ出た。
外では師匠が誰かに気づいた様子で、なにかを喋りながら本堂の方へ歩いていこうとしていた。俺は家の戸口を気にしながら慌ててそれを追いかける。
視線の先に白い服を着た少女が映った。ああ、さっきの、と思う。幻覚ではなかったようだ。
師匠は「アキちゃん」と呼んで近づいていった。
本堂の式台の端に腰掛けて足をぶらぶらとさせながら、師匠の呼びかけに軽い会釈で応えている。
中学生くらいに見える、ほっそりとした色の白い子だった。
久しぶりに会ったような挨拶を交わしたあと、師匠は「高校には上がれそうなのか」と聞いた。
そういえば今日は平日のはずだ。学校を休んでいるのか。
少女ははにかんで笑い、「たぶん、なんとか」と風鈴が鳴るような声で返した。
その後、参道を引き返す俺たちを見送りながら、彼女はずっと同じ格好で座っていた。振り返るたび、周囲の景色より小さくなっていくように見えた。

641 ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/08(日) 00:21:08 ID:3TBJnZvS0

帰りの車の中で俺はシートベルトを締めながら師匠に顔を向ける。
「アキちゃんて言うんですね」
「ああ。秋に生まれたからだと。あのオッサンの妹だよ。体が弱くてね。学校も休みがちみたいだ」
ずいぶん歳の離れた兄妹だ。それよりあのガッシリした体格の男性とのギャップが大きい。
「血は繋がってるのはホントだよ、どっかから攫ってきたワケじゃない。それにあのオッサン、ああ見えてまだギリギリ二十代のはずだ」
師匠は意味深な口調でそう言って、急な山道を降りるためにフットブレーキからギアを落としてエンジンブレーキに切り替えた。
「あのオッサンの話は、まあ、またいずれな」
それより、こっちさ。
そんな顔で師匠は傍らの紙袋を舐めるように見るのだった。

お互いに午後は用事があり、深夜零時近くになってまた合流した。
「夜の方が雰囲気が出るだろう」
師匠はそう言って、まだ見てないというビデオテープを紙袋から出して見せた。
師匠のアパートの畳の上で、いつものように俺は胡坐をかいてテレビの前に座った。家具だかゴミだかよくわからないこまごましたものを乱暴にどけて、師匠も横に座る。
「古いテープみたいだからな。ベータとかいうオチじゃなくて良かった」
そんなことを言いながら、黒いビデオテープのカバー部分をパカパカといじる。どこにでもある百二十分テープのようだ。タイトルシールはない。
「さて、焚き上げ供養希望の一品、ご拝見」
軽い調子で師匠は、ビデオデッキにテープを押し込む。「再生」の文字が映り込み、黒い画面が砂嵐に変わった。