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洒落怖

こりゃいい

この前体験したこと書きます
数ヶ月前にじーちゃんが亡くなった時の話
スレチだったらすんません

俺ん家とじーちゃん家は隣り町で
ジジババっ子の俺は小さい時は毎週末のように遊びに行って

サザエさん見てみんなで飯食って帰るのが日曜の楽しみだったんだけど

社会人になってからは仕事が忙しいのと住んでるトコも離れちゃって
ここ4、5年は盆暮れ正月くらいしか顔を出さなくなってたのね

それでもジジババは満面の笑みで迎えてくれたりして
もっと短い間隔で来れたらなぁとか思ってた

んである日の朝会社行く支度してたら突然ばーちゃんから電話があって
「朝起きたらじーちゃん突然冷たくなって全然動かない」

って震えた声で言われて会社に連絡すんのも忘れて飛んでった。

306 :本当にあった怖い名無し:2015/01/07(水) 22:22:41.57 ID:s+CgORXVU
じーちゃん家についたら俺の両親とばーちゃんと親戚の人が先に来てて
じーちゃんの寝てる布団の周りに座って泣いてた

最初はいつもと変わらないじーちゃんの顔で布団に寝てる姿を見て
ぜんぜん実感がわかなかったけど
そばによってじーちゃんの額をさわったらヒヤッとして、、、

あぁ、ほんとに死んじゃったんだ。と思ったら

ボロボロ涙が出てきてめっちゃ泣いた

それから滞りなく葬儀の準備が進んで、自宅から葬儀場に移動する前日の夜
じーちゃん家側の イトコ家族がやってきた

俺と歳の近いイトコの兄ちゃんと、奥さん、2歳になる娘さんの3人で
線香あげて飯食って、歳の近いイトコの兄ちゃんとはよくじーちゃんで遊んだりしてたんで
思い出話なんかしてまた2人してちょっと泣いてってしてたら

夜も遅くなったのでイトコの兄ちゃんは子供寝かせなきゃだから一旦帰るってなった
俺は手伝いなんかもあるからじーちゃん家に寝泊まりしてたんで

「また明日 斎場で、明日は泣くなや」なんて言って玄関先まで送ってったんだけど

307 :本当にあった怖い名無し:2015/01/07(水) 22:23:14.49 ID:s+CgORXVU
そのとき2歳の娘さん(Aちゃん)が突然玄関出て2歩くらいの所でいきなり

「じーじ!じーじ!」と言い出した

名残惜しいのかなと思って
俺が「じーじさよならなんだよー」ってAちゃんに言ったら

またAちゃんが
「こりゃいいや!こりゃいいや!」って人差し指を立てながら
「じーじ!こりゃいいやー!」って言いながら笑った

俺はうんうんと言いながら
Aちゃんに「じーじまだその辺にいるのかなぁ?」なんて冗談を言ってみた

ちなみに こりゃいいや ってのはじーちゃんの口癖で、
子供とか見てて嬉しくなるととすぐ言うのでやっぱ子供に印象に残りやすいんだなって思った

俺はAちゃんのおかげで少しほっこりして そのままイトコ家族は帰っていった

308 :本当にあった怖い名無し:2015/01/07(水) 22:24:20.91 ID:s+CgORXVU
次の日はお通夜、俺と俺の父親と数人の親族は斎場で寝ずの番の役になった

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新築物件

では失礼して。
怖いかどうかわからないが人に話したら鳥肌がたったと言われたので投下。

これは私が大学時代の話だからもう10年以上も前のことになる。
当時、私は実家から遠く離れた大学に通っていた。新幹線だと丸一日かかるので、実家に帰る時は飛行機だった。
当然一人暮らしで、大学時代は寮だったのだが、寮にまつわる怪談やうわさ話に反して何事も無く実に平穏だった。ただとても古い建物だったのでGが多く、寝ている時に天井からムカデが降ってきたなんてこともあり、別の意味で恐怖だった。

大学卒業後、近くにある同系列の別の大学に編入したので寮を出ることになり、近場に部屋を借りることになった。
古い部屋で虫に悩まされるのはもうこりごりなので、不動産屋さんにお願いしてできるだけ新しい部屋を借りることにした。もちろん値段は相応に高くなったが、駅前徒歩3分の場所に新築の物件を借りることができた。1階2階とも4件ずつ並んだ2階建てのコーポだ。

ところで私の母の家系は皆怖がりの零感なのだが、父の家系は霊媒師や生きている人間と死んでいる人間の区別がつかなくて運転できない人や、とにかく異様に霊感が強い人が多かった。
父も強いが父のいとこのYおばさんは別格で、軽い予知や過去視?のような能力もあるひとだった。(ちなみに私はちょっと感じる程度で幽霊などみたこともない)
その人に引っ越したあと電話でYおばさんに「(私)ちゃん、よくない状態にある」って言われたのだけれど、新築物件で建物に謂れはないし、その物件が建つ前は長いこと駐輪場だったことも知っているので、場所が悪いということはないと思っていた。
けどその新築物件は綺麗な見た目に反し、非常に寒々しかった。部屋に入るとぞわっと鳥肌がたつこともあった。
それからそこに住んでいた期間はたった2年なのだけど、その期間に入院2回、救急車1回、骨折2回に靭帯損傷1回と、その他にも病院には数え切れないほどお世話になった。
なんとなく不運が続くな、程度にしか思ってなかったのだけど、その頃から急激に体が冷えるようになった。元々極度の冷え性ではあるが、そういうレベルの話ではなく私が入るとこたつが冷えていくと言われたほどだった。

775 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/02/09(月) 19:52:41.56 ID:nr5MrlOH0.net
そしてその部屋だが、夜中の3時頃になると、どさっ、と何か重い物(土嚢とか)を落とすような音が聞こえてくる。
壁が薄いのでおとなりさんがベッドから落ちてるんだろう程度に考えていたのだが、毎日同じ時間なので不思議に思っていた。
ある日友人が遊びにきて私と一緒にロフトで寝ていたら、その日も案の定どさっという音が聞こえてきた。友人は飛び起きて
「今の音何!!?」
と慌てていたが、
「気にしなくていいよ~いつものことだから。多分お隣さんが寝ぼけてベッドから落ちてるんだよ」
と笑っていたら、
「いや、今の音、絶対部屋の中心でした」
と言い張る。
部屋の中心には2人掛けのソファーとテーブルが置いてあるだけで、他には特に何も音の発生源はない。
でも友人の主張が気になったので、次の日はそのソファーとテーブルをどかし、中心に布団を敷いて寝てみることにした。友人には止められたが私自身は特に怖いとは思わなかった。
ちなみに友人にも一緒に寝ないかと誘ったが断られた。
次の日布団に入って夜中の3時を待ったが、その日は何も落ちてくる音がしなかった。
自分の上に落ちてくるのは何かと多少楽しみにしていたのでがっかりして寝に入ると、しばらくして周囲に人の気配がして目を覚ました。
目を開けても何も見えないが、自分の周囲を歩く音が聞こえてくる。
そして、その周囲の気配が一斉にこちらを覗きこむのがわかった。何でわかったのかは知らないが、とにかく(あ、みんなが覗きこんでる)と思った。
その視線には害意も敵意も興味も何の感情もなく、ただそこにあるものを見つめているだけのように感じられた。
結局それ以上の何もなく朝を迎えた。
そこに寝たのはその1回きりだ。怖いとは不思議と全く思わなかったが、体が冷えて寒くて仕方なかった。

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洒落怖

一子相伝

高校のとき友達の矢島と一緒に酷い虐めをしていた。
ヒョンというあだ名の暗い感じの奴だった。
ケンシロウだといってヒョンの胸にタバコ押し付けて北斗七星を作ったりしてボロ雑巾のような扱いをした。

ところがあるときヒョンは校舎の屋上から飛び降り自殺をしてしまった。
虐めが発覚すると思ったが、何故かヒョンは遺書らしきものを残してはいなかった。
ただ矢島に「来世で、また会おう」と一言だけヒョンから電話があったというのを後になって聞いた。
矢島はヒョンの自殺を気にする様子もなかった。

高校を卒業して数年が経ったころ、矢島は結婚して家庭を持った。
ところが次男が生まれて3ヶ月ほど経ったとき矢島から俺に相談があった。
次男の胸に原因不明の七つの青い痣がいつの間にかできていたという話で
医者に行くと外的要因しか有得ず逆に虐待を疑われる始末だったそうだ。
愕然としている様子の矢島の考えている事がすぐに理解できた。
まるでヒョンにつけた北斗七星のタバコの痕にそっくりだったからだろうと…。

その後、矢島を追いつめる程の何があったのかは、わからないが今は刑務所に服役している。
新聞には父親が乳児を折檻の末に殺したと数ある虐待事件の一つとして報道されただけだった。
面会した矢島は俺に、その時のことを少しだけ話してくれた。

気がついた時には口と鼻を塞ぎ手にかけた次男のぐったりする姿を矢島は呆然と見下ろしていたそうだ。
すると背後から「ヤッツン・・・」学生時代の矢島の懐かしいあだ名で呼ぶ声がした。
振り返ると4歳の長男が立っていて薄ら笑いを浮かべ言った。
「そっちじゃないよ」

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子どものころの怖い話

降霊

これは、私と中学校の後輩が体験した怖い話なのですが。

その頃、私は中2になったばかりだったのですが、小6の1月(卒業式2ヶ月前)に今の町に転校して来た為、小学校からの同年代の友達があまりおらず、もっぱら後輩や先輩とばかり遊ぶ様な生徒だったのですが。

その中でも、特別に仲の良い後輩が二人いました。
仮に、AちゃんとBちゃんとします。

Bちゃんのおうちは今で言うセレブで、休みとなればよく海外から国内まで様々な所に旅行をするおうちだったのですが、ある旅行から帰ってきたのを境にBちゃんがおかしくなり始めたのです。
41:夕紅@\(^o^)/:2015/03/06(金) 13:18:48.61 ID:EuajtbVt0.net[2/8]
まず、些細な変化が始まったのは帰ってきた三日後でした。

とても真面目で普段居眠りなどしないBちゃんが居眠りをよくする様になったのです。
しかも、毎授業。

先生も、最初は、旅行疲れか?などと笑っていましたが、旅行から一週間経ったある日、居眠りをしていたBちゃんが奇声を上げ始めたのです。

その声は1階上にある私のクラスにも聞こえて来る程でした。

その時になり、先生も少しおかしいんじゃないかと考え始めていたようなのですが、ことなかれ主義が蔓延る小さな町の中学校だった為また、地元の名家であるBちゃんの実家が大事にしたがらなかった為

Bちゃんの居眠りや奇声は過度の睡眠不足によるストレスのものだろうと判断されてしまいました。

しかし、それからもBちゃんの奇声や居眠りは止まる事はなく、更に、ある日、居眠りをしていた筈のBちゃんが奇声をあげながら目を半開きにして前の席の子の首を絞めるという事態に発展してしまったのです。

事がここに至り、校長もやっと重い腰をあげ、話し合いの場を持つ事になったのですが、Bちゃんへの対応は学校に併設されている相談室にて授業を受けるように、というものでした。

そして、Bちゃんは相談室で毎日授業を行っていたのですが、そこで、相談室常連のサボり魔だった私とAちゃんと出会ったのです。
42:夕紅@\(^o^)/:2015/03/06(金) 13:21:54.64 ID:EuajtbVt0.net[3/8]
居眠りをしている時やそれに伴う奇行以外はBちゃんは本当に良い子で、私達は直ぐに仲良くなりました。
そして、仲良くなるにつれ、私達二人はBちゃんを助けてあげたいと思う様になりました。
奇行に悩むBちゃんは家の面子を保とうとする親と、学校の体裁がある学校、白い目で見られることへの辛さなどで今にも壊れてしまいそうに見えたんです。
そんなある日、Bちゃんが最近同じ夢を見ることを私達に相談してきました。

内容はいつも同じで、頭から血を流して悲しげな顔をした幼い女の子が自分を見つめてくる夢だそうです。
その頃、頭がお花畑でどっぷりオカルトにはまりこんでいた私と後輩は、きっとそれは悪い幽霊に違いない!Bちゃんを操って悲しませているのもそいつだ!祓ってあげないと!と妙な正義感にかられ、行動を起こしたのです。

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洒落怖

大樹

これは、三年程前、私がアルバイトをしていた時、その旅行先で起きた出来事です。

三年程前、私はアルバイトで、とある学習塾の講師をしていました。
今テレビ等でCMが流れている様な学習塾程大手ではありませんでしたが、地元ではそこそこ有名な塾で、通っている生徒さんも沢山いました。
地元密着型で、基本的には県内のみに教室があったのですが、当時は最盛期で、県内に三十校以上は教室が存在していたと思います。
そんな会社ですが、やはり、不景気の波には逆らえず、年々経営が悪化していきました。
最初は黒字だった経営が、少子化や不景気の影響で徐々に赤字に・・・最終的には、教室を幾つか閉鎖するまでになってしまったのです。
経営陣は、流石にこれはまずいという事で、集客の為、新しいイベントを計画しました。

それは、全塾生を対象とした、夏休みの合宿です。
今では、学習塾による夏休みの合宿は最早恒例行事となっておりますが、私がアルバイトをしていた当時は合宿をする学習塾は中々少なく、
また、合宿を行う為の宿泊費、参加する生徒さんにお支払い頂く参加料金等かなり高額なものもあり、打ち出す側としては、かなり勇気のいる行事でした。
しかし、これ以上の経営悪化と教室の閉鎖を防ぐ為、会社は合宿に踏み切ったのです。
参加料金が高額な事もあり、当初は、各教室の半数か最低でも三分の一が来てくれたら良いか、と経営陣や講師は考えていたのですが、
我々の予想を良い意味で裏切り、まさかの全教室全員参加という結果になりました。
経営陣も講師も歓喜に湧き、この合宿を絶対に参加させようと心に決めたのです。
そして、合宿の日がやって来ました。
私達は静かで、騒音も少なく、勉強の妨げとなる様な誘惑である繁華街も少ない、とある県のホテルを選びました。
冬場にはスキー客でとても賑わう場所なのですが、夏場には雪もなく、観光客も少く、また自然も多くて空気の綺麗な理想的な場所だったのです。
合宿は、九泊十日の長丁場で、毎朝必ず六時に起床し、付近の高原を散歩してから、朝食をとり、勉強をする、というものでした。
その、朝の散歩の下見の時間の事です。
87 :夕紅 ◆e/DkDKVoCg @\(^o^)/:2015/03/08(日) 21:33:25.71 ID:QZKoiujk0.net[2/7]
私達は子供達の気持ちが少しでも盛り上がれる様、毎朝散歩コースを変えているのですが、三日目の散歩コースの下見中、私達は不思議な物を目にしたのです。
それは、とても大きな・・まさに、巨木というのに相応しい大樹だったのですが、変わっているのは、それが、まるで三つ編みの様に三本が絡み合っているのです。
三つの巨木が絡み合う、その真下に、古い上に風雨に晒された事によりインクが掠れ文字は読めなくなっていましたが、立て札の様なものがありました。
それに気付いた、とある講師の男性が
「これを縁結びの木にしよう!」
と、言い出したのです。絡まる姿から縁結びを連想したのでしょう。
「縁結びの木って言ったらさ、女子に人気出そうじゃない?」
「確かに!」
そう、確かに、女子には人気が出そうな内容かもしれません。
うちの学習塾は当時、男子よりも女子の比率が高く、女子の人気を得たり、好感度を高める事が必須だったのです。
そして、とある男性講師俊輔さんが遂に
「取り敢えず、これは抜いて隠して置こうぜ!」
と、大樹の側に刺さっていた立て札を抜いてしまったのです。
思わぬ俊輔さんの行動に、私達は一瞬息を呑みました。
しかし、数人は直ぐに
「そうだね!」
「こんなもんがあっと辛気臭いもんね!」
「隠しちゃえ隠しちゃえ!」
と、抜いた立て札を近くの繁みまで運び、隠し始めたのです。
そして、散歩に来た生徒達に、その大樹はこの土地に古くから伝わる縁結びの木として説明をしたのです。
その散歩中の事でした。
雪がない、ゲレンデであった高原を散歩している最中ーー
「うわぁぁぁっっ!!」
絹を裂く様な悲鳴と共に、私の目の前を歩いていた筈の俊輔先生が消えたのです。
「えっ?!何?!」
私も生徒も混乱しました。
そして、辺りを見回し、俊輔先生がいなくなった辺りを探してみると
「きゃぁぁぁ!!!!」
そこには、地面と地面の間に亀裂が走っており、まるで落とし穴の様になっていたのです。
そして、その中に俊輔先生がいました。
知らずに足を滑らせてしまった為に受け身が取れなかったのか、首と足を有り得ない方向に曲げた状態で亡くなっていたのです。
88 :夕紅 ◆e/DkDKVoCg @\(^o^)/:2015/03/08(日) 21:34:55.43 ID:QZKoiujk0.net[3/7]
講師も子供達もパニックに陥りました。
そして、私達は我に返ると、どうにか、泣き叫んだり放心する子供達を宥めながらホテルに戻りました。
ホテルに戻って直ぐに経営陣にことの次第を報告したのですが、合宿は即中止の判断が下されました。
そして私達は手分けをして子供達の保護者に電話をしたのですが。

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洒落怖

報い

先日、私の母方の祖父が亡くなりました。
死因は病死です。表向きは。

しかし、私は祖父の本当の死因を知っています。
本当の死因は、出血多量による失血死なのです。

実は、祖父は亡くなる三年前から癌を患い、入院をしていました。
そして、入院して二年程経った先月のある晩、その日は私と母が泊り込みで祖父の所に看病とお世話に行っていたのですが。
その時、比較的若い女性の看護師さんが点滴をかえにやって来ました。

そして、彼女が点滴を変えてから数時間程経った頃でしょうか、
私と母は祖父と同じ部屋で寝泊りをしていたのですが、誰かの呻く様な声で目を覚ましたのです。

まるで苦しむ様なその呻き声に、寝起きで回らない頭のまま辺りを見回してはっとしましたが、
そこは祖父の病室ですから、私と母と祖父以外居る筈がありません。
そして、ようやく事態をのみ込み、理解した私と母は慌てて祖父に駆け寄りました。

そう、やはり、その声の主は、祖父でした。
見ると、先程の看護師さんのミスでしょうか・・・点滴のホースジョイント部分が緩んでいたらしく、
寝返りをした際に外れてしまった様で、結果、シーツや枕には左手の手首から逆流してしまった祖父の血液が溢れ、
白い筈のベッドは真っ赤に染まり、まさに血の海となっていました。
祖父は生きながら少しずつ血を失い、朦朧としていく意識の中、
それでも必死に生きようと・・・誰かに助けを求める為に必死で呻きを、声を、上げていたのです。
私と母は直ぐにナースコールを押しましたが、時既に遅く、ただでさえ末期の癌で体力がなかった事に加え、
大量に失血してしまった為、宣告を受けていた余命より遥かに早く祖父は亡くなってしまいました。
しかし、あの鮮血にそまったベッド、真っ赤になった祖父の寝巻き、何より・・・苦しみに満ちたあの呻き声を私と母は忘れる事が出来ませんでした。
131 :夕紅 ◆e/DkDKVoCg @\(^o^)/:2015/03/13(金) 00:25:20.36 ID:NteTv0p/0.net[2/8]
そんな事があったものですから、私と母は長男である伯父はてっきり病院を医療過誤で訴えるものだと思っておりました。

そして、祖父が亡くなった次の日、長兄である伯父(母は五人兄妹の末っ子です)と担当医から
大切な話があるから病院の会議室の様な場所に来る様に言われ、行ってみると、そこには既に私や母以外の親族が全員集まっていました。
(今からここで医療過誤についての説明があるのだろうか・・・?)
私は、やっと祖父の無念が報われる、と少し興奮した気持ちで今か今かと伯父からの発表を待ちました。

すると、やっと伯父が徐に口を開き、話を始めました。
そこで伯父が話したこと・・・それは、祖父の死因は癌による容態の急変、という事でした。
(おかしい!!!)
私と母は顔を見合わせました。
しかし、私と母とあの夜の看護師、そして家が近かった為に直ぐに駆けつけた一番上の伯父以外事実を知る者はいませんでした。
その親族会議が終わった後、私と母は伯父に何故本当の事を言わないのかを問い詰めました。
すると、伯父は母を無言で、強い力で殴りつけ、「余計な事を言うな」とはき捨てる様に言うと、立ち去っていきました。