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洒落怖

裁き

自分の思想信条が、自分が観た夢によって覆る、そんなことが有り得るだろうか

私はかねてからの死刑賛成論者だ。
人を殺した罪は自分の命を差し出すことでしか償えないと考えていた。
子供の頃、自分の親を殺そうと日々妄想していた時も、それは同じだった。
親を殺した後、私はどうなるか、私はどうするか、私は何度もシミュレートしていた。

きっと私は手を差し伸べてくれる人権派の弁護士たちの誘惑を断るだろう。
そして検察側の求刑を全面的に受け入れ、甘んじて国家に殺される覚悟だった。
それは遺された弟や妹が果たせない親の敵討ちであり、私に更生する意志がない以上、
危険な殺人犯を再び社会に解き放たないための最も合理的な解決方法であるとさえ考えていたからだ。

── ある日、私は夢をみた

788 ◆G10zQMdncg sage New! 2012/02/22(水) 03:47:37.62 ID:U8CDXpqm0
いつものように家でテレビを観ていると、あるニュースに目が留まった。
最近、顕著になりつつある少年犯罪の凶悪化が報じられている。

どうやら誰かが中高生たちに銃を横流ししているらしい。その中高生たちの犯行手口はこうだ。
街中を何食わぬ顔で自転車で近づき、通行人を無差別に射殺してダッシュで逃げ切るというもの。
そうして無実の一般市民が少年少女たちのストレス発散の餌食となっているのだ。
この事件の根深いところは犯行の動機が愉快犯というだけに、始末に負えないその悪質さにある。
銃はそれなりに出回っているようで、すでに何人か被害者が出てしまっている状況だ。

私は報道を目にして、自分の中の正義感が騒めき立った。無差別殺人をやった犯人が、
いまだ逮捕されずに平凡な日常生活を送り続けていることを想像し、私は憤慨した。

「なぜ裁かれない…死刑ものだぞ。自分が現場を目撃していたら絶対に捕まえてやるのに…」

煮え切らない私は居ても立っても居られず、すぐに外出し街中を散策することにした。
犯行現場を目撃しさえすれば事件解決の糸口が見つかると考えたからだ。

789 本当にあった怖い名無し sage New! 2012/02/22(水) 03:53:40.33 ID:U8CDXpqm0
ほどなくして近くのスーパーマーケットに差し掛かったところ怪しい人物を発見した。
中学生とおぼしき少女が自転車に乗ってこちらに向かって来るのが遠目に見えたのだ。

「自転車…少女…もしや、あの娘が!? いや、待て。だが、まだ幼いぞ…しかも女の子だ。
 …いくらなんでも疑いすぎだ。アレは自転車に乗ったごく普通の少女だ。そうに違いない」

しかし私は念のため、すぐに物陰に隠れられる位置を確保しながら注意深く少女を観察した。

「ズバババッ!!」

次の瞬間、サブマシンガンの銃声が街中に響き渡った。
目の前に倒れ込む一人の女性、大量の血が地面を濡らしはじめた。
阿鼻叫喚をあげながら恐怖で逃げ惑う近隣の住民たち。ダッシュで逃亡する少女。

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洒落怖

女難

子供の頃にした占いで女難の相が有ると出た。複数の占いで
その頃は幼かったので女には当然の如く興味が無かった
なので占いの結果は大して気にしていなかった
しかし恋愛等には無縁の私も中学生に成った時に運命の出会いをする
私の通っていた中学にはブス四天王と呼ばれる存在が居ました
四天王の筆頭であるKは皆から嫌われており一種の虐めを受けていました
触るとK菌が付くとか言われたり、腫れ物を触る様に扱われていました
しかし私は差別や虐めは好きではないので彼女には普通に接していました
何時からか授業中に視線を感じるように成りました。常に見られています
最初は気のせいかと思いましたが、偶然にしては無理が有りました

視線を感じる度に彼女が此方を見ていて、何度も目が合います
流石にずっと見つめられていては気分が悪いので私は抗議しました
Kは言いました。別にあんたを見ているわけじゃないとか
あんたの向こうの景色を見ているだけだよ、とか色々と言われました
常に見つめられている事が私には凄く苦痛でした。一種の暴力です
しかし強く抗議すれば虐めとか何とか騒がれてしまうだけです
教師も友達も頼りにはならず、私はただ耐え続けるだけの日々でした

438 女難 sage 2010/01/03(日) 20:08:15 ID:CMZBwXpA0
気が付けば何時の間にか私はKと公認のカップルにされていました
常に熱視線を送られ付き纏われる日々。拒絶する事もできず耐える日々
相手は女なので暴力は論外。言葉による拒絶も全く聞く耳を持たれず
何か有れば直ぐに虐め認定されてしまうし、教師は彼女の味方でした
何時も帰り道で待ち伏せをされたり追いかけられたり
気持ちの悪い電波ラブレターを机に入れられたり、色々とされました
電話番号を教えてもいないのに家に電話を掛けられた事も有ります
K「今から一緒にカラオケに行かない?直ぐに家に行くから
S君(俺の友人)も一緒に来るけど、どうかな?」
第六感的な身の危険を感じた私は誘いを断りました
数分後に何となく窓の外を見るとKが家の前に居ました
家の場所を教えた事は無いのに、Kは私の家の場所を知っていました
Kは何時までも私の家の前に立ち続けていました・・・

439 女難 sage 2010/01/03(日) 20:09:53 ID:CMZBwXpA0
後で解った事ですが、Sが一緒にカラオケに行くという話は嘘でした
ある日、Kに虐めの濡れ衣を着せられた俺は先生に呼ばれる事に成る
有無を言わさず殴られ一切の反論を許されず説教をされ
Kの家でKとその両親の前で親と一緒に土下座をさせられました
結局、卒業まで周りから白い目で見られつつ、Kと公認のカップルでした
一度だけKに聞いた事が有る、俺の何処が好きなんだ?と
Kは言いました「優しいところ」。思い当たるところは有る
唯一、俺だけはKを虐めずKに普通に接していたからだろう
情けは人の為成らずという言葉を痛切に実感した
これは私が実際に経験した洒落にならないぐらい怖かった話
中途半端な優しさや同情では誰も何も救われないという有り難い教訓

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洒落怖

マークⅡ

73 : 本当にあった怖い名無し : 2012/04/11(水) 18:06:20.65 ID:xaWSJwLS0
ちょっと燃料投下してみる。
一応二ヶ月ほど前の出来事なんだが、現実味は薄いんで燃料にもならんかもしれんが。
個人的には数年後が心配な話。

おれの田舎は四国。
詳しくは言えないけど、高知の山のそのまた山深い小さな集落だ。
田舎と言っても、祖母の故郷であって親父の代からずっと関西暮らしで
親類縁者も殆どが村を出ていたため、長らく疎遠。

おれが小さい頃に一度行ったっきりで、足の悪い祖母は20年は帰ってもいないし取り立てて連絡をとりあうわけでもなし
とにかく全くといっていいほど関わりがなかった。

成長したおれは免許を取り、ぼろいデミオで大阪の街を乗り回していたのだが
ある日、どこぞの営業バンが横っ腹に突っ込んできてあえなく廃車となってしまった。
貧乏なおれは泣く泣く車生活を断念しようとしていたところに
例の田舎から連絡が入った。

本当に偶然、近況報告みたいな形で電 話してきたらしい。
電話に出たのは親父だが、おれが事故で車を失った話をしたところ
車を一台処分するところだった、なんならタダでやるけどいらないか?
と言ってきたんだそうだ。

勝手に話をすすめて、おれが帰宅した時に
「あたらしい車が来るぞ!」
と親父が言うもんだからびっくりした。

元々の所有者の大叔父が歳くって狭い山道の運転は危なっかしいとの理由で
後日ほんとに陸送で車が届けられた。

74 : 本当にあった怖い名無し : 2012/04/11(水) 18:07:47.26 ID:xaWSJwLS0
デミオよかダンチでこっちの方がぼろい。
やって来たのは古い古い71マークⅡだった。
それでも車好きなおれは逆に大喜びし、
ホイールを入れたり程良く車高を落としたりして自分の赴くまま遊んだ。
おれはこのマークⅡをとても気に入り、通勤も遊びも全部こ れで行った。

その状態で二年が過ぎた。
本題はここからである。

元々の所有者だった大叔父が死んだ。
連絡は来たのだが、一応連絡寄越しましたみたいな雰囲気で
死因を話そうともしないし、お通夜やお葬式のことを聞いても終始茶を濁す感じでそのまま電話はきれたそう。

久々に帰ろうかと話も出たのだが、
前述の通り祖母は足も悪いし両親も専門職でなかなか都合もつかない。
もとより深い関わりもなかったし電話も変だったのでその場はお流れになったのだが
ちょうどおれが色々あって退職するかしないかの時期で暇があったので
これも何かのタイミングかと、おれが一人で高知に帰る運びとなった。

早速、愛車のマークⅡに乗り込み高速を飛ばす。

75 : 本当にあった怖い名無し : 2012/04/11(水) 18:08:45.84 ID:xaWSJwLS0
夜明けぐらい には着けそうだったが、
村に続く山道で深い霧に囲まれ、にっちもさっちもいかなくなってしまった。
多少の霧どころじゃない、マジの濃霧で前も横も全く見えない。
ライトがキラキラ反射してとても眩しい。
仕方なく車を停め、タバコに火をつけ窓を少し開ける。
鬱蒼と茂る森の中、離合も出来ない狭い道で暗闇と霧にまかれているのがふっと怖くなった。
カーステを絞る。
何の音も聞こえない。
いつも人と車で溢れる大阪とは違い、
ここは本当に静かだ。マークⅡのエンジン音のみが響く。

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洒落怖

きつね目

713 : 709 : 2012/05/10(木) 23:04:55.85 ID:rPems9lf0
他スレ、ここで相談した結果、自分でググって出した結論。

今日GWを挟んで10日ぶりに友人に会ったら、
別人のようなツリ目だった。
どう見ても友人には見えなかったが、
そいつんちに尋ねたので、帰るわけにもいかずそいつと話した。
話したらやっぱり友人だった。
まあこれが今日の出来事だったんだが、2時間前くらいに自分の家に帰ってきても、
やっぱり気になった。

714 : 709 : 2012/05/10(木) 23:12:35.49 ID:rPems9lf0
色々考えた結果、
彼女(友人)がGW中に「彼氏との大事なものを無くした」と泣きながら電話してきた。
記念日に貰ったものらしいのだが、それを無くして喧嘩したらしい。
酔っていた自分は地元に沢山ある稲荷神社に参拝したらいいんじゃないかといって電話を切った。
。

716 : 709 : 2012/05/10(木) 23:16:54.17 ID:rPems9lf0
それでもしかしたら友人は稲荷神社に行ってきつねに憑かれたんじゃないかと思う。
稲荷神社はきつねの神様がいるって昔から言われてたし、もしかしたらって本当におもってきた
詳しい人いたら教えてくれないか。

717 : 本当にあった怖い名無し : 2012/05/10(木) 23:21:15.21 ID:9czNqgjWO

>714
ああ、群馬の於菊稲荷の事ね。

718 : 709 : 2012/05/10(木) 23:22:40.32 ID:rPems9lf0
いやF県の田舎の話

719 : 本当にあった怖い名無し : 2012/05/10(木) 23:23:29.45 ID:3LXmC1j80
一旦確認だが、この話は怖い話になるんだよな

720 : 709 : 2012/05/10(木) 23:26:41.04 ID:rPems9lf0
わからない。
が、怖い話にはあまりなってほしくない。

友人の変化を端的に言うと、
・ツリ目になった
・遠くを見つめることがある
・動きに跳ね(なんか変な感じでジャンプして歩く)がある
なんだが、自分的にはそう思えてならない。

723 : 709 : 2012/05/10(木) 23:29:39.27 ID:rPems9lf0
そんでなんでキツネかって思ったかって話なんだが、
自分昔部落差別と闘うの会みたいなのに入ってて
(自分は部落と全く関係がなかったのだが、太鼓が叩きたかった(笑))
その部落のあった場所が丁度稲荷神社があるところなんだ
結構小さいんだが、昔無くし物があったらいくとこって母に教えてもらった

724 : 709 : 2012/05/10(木) 23:32:21.78 ID:rPems9lf0
すまん
スレ違いだな。どこへいけばいいのやら

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サイコ

表に出ない話?

530 本当にあった怖い名無し sage 05/03/03 22:01:29 ID:rEkvweTA0
■ 1968年の10年前の事件です
集団での蜂起以外にも、朝鮮人個人の犯罪を朝鮮人全体が賛美した例も少なくありません。
 1958年(昭和33年)8月20日、東京都江戸川区の進学高校、小松川高校に
通っていた太田芳江さんが何者かによって犯され殺された事件がありました。
犯人は犯行後に遺体から遺品を盗り、送りつけて遺族の悲しみを煽ることで
楽しみ、また警察へ対しては自分の犯行を楽しそうに語る電話をかけました。
この様子は全国的にラジオで報道され、犯人の残虐性に多くの日本人が畏怖しました。

後に逮捕された犯人である在日朝鮮人の李珍宇は、逮捕後に別の女性も
レイプして殺した事を自供しました。通行中であった田中せつ子さん
(当時23才)を突き飛ばして怪我をさせ、動けなくした所でレイプし、その後殺害しました。

 犯人の李珍宇は死刑判決を受けましたが、犯人の母親は「息子の行いへ
対して死刑は重すぎる」と主張し、控訴・上告をしていますが棄却されています。
また、「差別されているのだから強姦や殺人を行っても仕方ない」と主張する、
在日朝鮮人ら数万人の減刑嘆願署名が集まりました。これには共産主義者
文化人の大岡昇平も協力していました。

 このようにして当時、多くの在日朝鮮人が「我々は差別されていたので、
日本人女性をレイプして殺しても仕方がない」という主張をしていました。
これは、現在の朝鮮総連関係者が言う「植民地統治されていたのだから、
日本人数名を拉致したくらいなんだ」という論調と酷似しています。
http://www24.big.or.jp/~uyotama/chosen6310.html

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何でも怖い

父と娘

今から語る話は、僕の母がまだ若かった頃体験した実話だ。いや、実話らしいとでも言っておこうか。あまりにも現実離れしているから、僕も今まで、誰にも話していないくらいだからね。だって話したところで、たぶん誰も信じてくれないだろうから。
僕の母は若い頃、開業医の兄のもとで看護婦をしていた。
なので、話の中で看護婦と言えば僕の母、先生と言えば母の実兄の事だと思って下さい。

当時の医者は、現在のように役割分担がはっきりしていなくて、来る者は拒まず、皮膚病患者から妊産婦まで何でも診ていたらしい。
ある日の夕方、頭に大怪我を負った女の子が医院に運ばれて来た。
運んで来たのはその娘の父親で、まさに半狂乱の状態だったという。
先生は一目で(これは到底助からない)と思ったが、出来る限りの手は尽くした。が、その子はやはり助からなかった。
娘の亡骸にしがみつき号泣する父親。看護婦はただオロオロするばかりだ。あまりにも哀れで、怪我の理由を聞く事も出来ない。
先生も看護婦も、その親子とは顔見知りだった。いや、顔見知りも何も、その娘を母親の胎内から取り出したのは他ならぬ先生だったのだ。
看護婦は、泣き喚く父親を呆然と眺めながら、いつも手をつないでいた親子の姿を思い浮かべていた。

その親子は、犬神すじとして、町の者から嫌われていた部落の人間だった。
今では考えられない事だが、差別の対象となっていたその村の出身者は皆、犬神憑きだとされ、町の者から忌避されていたのだ。

先生は元来物欲のない人で、貧しい者からは一切金を受け取らなかった。ただし無償で診察していたわけではなく、「秋には少し米を分けてくれや」とか「美味い肉楽しみにしてるで」とかで済ましていた。
そんな人だから部落の者からの信望は厚く、一度医院が火事になりかけた時も、消防団よりも早く彼らが駆けつけ、ボヤで済んだ事もあったらしい。

突然、号泣していた父親が立ち上がる。
「先生、俺、絶対許さねえ!みなごろしにしてやる!!」
そう叫ぶと、娘の亡骸を残したまま医院を飛び出した。
単純に不慮の事故だと考えていた先生は(まずい!)と思ってすぐに後を追った。

90 : 本当にあった怖い名無し : 2012/02/24(金) 22:47:53.86 ID:AVSsPknX0
看護婦も外に出て、何としてでも父親を止めたかったが、さすがに遺体を置きっぱなしには出来ず、先生を待つ事にした。
先生は1人で戻って来た。必死で探し回ったが結局見つからず、家まで行ったがもぬけの殻だったらしい。
先生は仕方なく警察に連絡した。が、警察にしてみれば、殺しに行った事が例え事実でも、誰を殺しに行ったのかが分からなければ防ぎようがない。
医院に運ばれて来た時、娘にはまだ脈があった。
僅かでも意識があって、思いを伝えられる瞬間があったとすれば、知っているのは父親だけだ。
警察、先生、看護婦、学校の教師らが手分けして、一軒一軒尋ねて回った。
「家族の中でMちゃん(娘の名)の死に心当たりがある者はいないか?」と。答えはどこの家も、NOだった。