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オカルト版まとめ 一人暮らし 洒落怖

一人暮らしの怖い話

1 : 本当にあった怖い名無し : 2011/08/11(木) 23:55:12.56 ID:YIlTonjT0
真夜中ベッドに寝ていると、誰もいないはずの台所から足音が…
実はいわくつきのアパートに住んでいた…

などなど心霊的なものから

夜帰宅してみると朝と花瓶の位置が違う…
真夜中に玄関のノックが…真夜中に無言電話が…

などなど人為的なものまでいろいろ聞かせてください…
6 : 本当にあった怖い名無し : 2011/08/12(金) 02:23:14.77 ID:+tan1pFJ0
一昨年引っ越した板橋のワンルーム。

向かいは一軒家。
80代のババアとヌルッとした顔の独身60代の娘ババアが住んでる。
近所じゃ基地害と評判だったが知らずに挨拶したのが運の尽き。
出勤と帰宅に待ち伏せされ必ず挨拶。
強制的に挨拶。
ある日意味不明な事を良いながら部屋に入れてくれとWババアの攻撃。
丁重かつ曖昧に断り、翌日から出来る限りスルーで防御を始めると…基地害の攻撃。
以来、毎日毎日何かしらゴミを玄関前に棄てられた。
泣く泣く貯金はたいて引っ越し。
賃貸だからマシだけど、もし新築購入した持ち家で隣人が基地害だったら…。

22 : 本当にあった怖い名無し : 2011/08/14(日) 18:21:56.13 ID:jOeTsMojO
一軒家に住む独身30男なんだが、事あるごとに、大家であり隣に住む独身50女が家に来る

さっきも、玄関のチャイムが鳴り嫌な予感がしつつ、玄関の方見たら磨りガラス越しに真っ赤な服着た女が立ってて身震いした

気持ち悪いのと面倒くさいのとで寝たフリこいてたら、案の定玄関横の大窓から入って来やがった

俺は扇風機にあたりながらパンツ一丁で寝てる状態

わざとらしく、「夏バテで倒れてないかー?大丈夫かー?」とか言いながら近づいて来る
適当に、「大丈夫です。疲れてるだけです」とあしらう

「玄関前の電気がついたままだから、どこか行ってはるのか、倒れてはるのかと思ってなー」といつも通りの台詞。夜は玄関の電気点けろと言われてるんで、面倒でそのままにしてしまうことがよくある
「ほんでこれから散歩行くんで一緒にどうかと思ってなー」
何が悲しくてこんなクソ暑い中ババアと散歩だよ却下
「いや疲れてるし今日は後から人来るんで」

「あーそうかー。身体気ぃつけてなー」と出て行った

もちろん、勝手に入って来るなとは何度も言ってる
一度、前の彼女といちゃついてる時に入って来られて、彼女が相当気味悪がったこともあった
勝手に入って来てもう何度も裸を見られてるなんてこと、今の彼女にも言えない

23 : 本当にあった怖い名無し : 2011/08/14(日) 18:28:17.09 ID:jOeTsMojO
つか最初から読んだら>>6の話とかすごい分かる気がする
淋しがり基地外ババアは困る
もう俺なんか普通に家入られて精神的に麻痺してるのかも知れん

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オカルト版まとめ サイコ

『鮫島事件』についての、内容をなるべく詳しく書きなさい。(30点)

5 : 本当にあった怖い名無し : 2011/11/15(火) 00:06:08.69 ID:xrpis60XO
【問1】
『鮫島事件』についての、内容をなるべく詳しく書きなさい。(30点)
19 : キャットキラー : 2011/11/19(土) 17:11:16.71 ID:eAFgEqT90

VIPPER?少なくとも当初盛り上がったのはラウンジだよ
まず正確には例の事件は2ちゃんで起きたものではない。あの事件は2ちゃん以前に
存在した大型掲示板「あめぞう」で起こった。まず最初に事件とは直接の関係は無いが、
鮫島事件の持つ影響力を物語る事例を。あの事件以後、鮫島というハンネを持ったやつが現れた。
無論、偽者だ。そいつは冗談で鮫島を装って書き込みをしていたのだがそれが
あめぞうのユーザーにはジョークとして受け入れられず散々に叩かれた。
こいつのせいで鯖が三つも落ちたからあめぞう住人の反応たるやそれはそれは
凄まじかった。「あめぞう」衰退の原因はこの偽者も含めて一連の鮫島事件に起因すると思われる。

20 : キャットキラー : 2011/11/19(土) 17:12:37.80 ID:eAFgEqT90

ヒントは2ちゃんねるでいう実況系。鮫島というコテハンをオフでJR柏駅前に呼び出し
20人でリンチし殺した。虐殺と言ってもいい。その模様を実況したのが「鮫島スレ」と呼ばれるスレッドである。
鮫島事件が語られる時、「血の16画像」という単語がキーワードとして出るが
それは実況の際うpされた画像のことである。柏駅の看板を撮った1枚目から始まり
最後の16枚目には殺された鮫島の千切れた指だけが写っている。
これらの画像の残虐性はグロ耐性のある人でも目を背けそうになる程のものだという。
背景に潜む性質上、出回ることの無い画像である為、俺も全ては見たことが無いが、見ることの
出来たすうまいは相当なものだった。

21 : キャットキラー : 2011/11/19(土) 17:13:44.18 ID:eAFgEqT90

ちなみに過去2ちゃんで起きた「ディルレ事件」。有名な猫虐殺実況スレで
うpされた画像の中で殺された子猫の首にディスクが巻かれ「私は敗北主義者です」
と書かれていた。これは件の画像集をパロディーにしたものだった為、当時の住人の逆鱗
に触れて祭り状態になった。
さて、何故座目島がリンチされるに至ったか? 彼はあめぞうでビデオ販売をしていた。
ビデオの内容は障害者学級の女児を虐待強姦して嬲り、最後には殺してしまうといった
鬼畜ビデオである。通称「みずき」と呼ばれる。そのうちビデオの撮影者が販売者の鮫島本人
であるのでは無いかという憶測が飛び交った。鮫島本人がそれを否定せず自らの素性について
何も語らずに煽られるままに放置していたので却って真実味さと不気味さが増していった。
鮫島からビデオを買った者の性格な数は不明。ビデオに関する補足は後述する。
とにかくそのビデオの評判は悪かった。そこで正義感に燃えたあるコテハン、eomという男が鮫島にオフを持ちかけた。
リンチの主謀人は彼である。そして柏駅にはeomが仕組んだ策略により鮫島は集団リンチされ殺された。

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旅は道連れ

359 本当にあった怖い名無し 2007/10/09(火) 00:02:43 ID:jaTmh3KaO
10月になったばかりの某日、ケイさんが職場に遊びに来た。大騒動を起こして辞めたくせにちゃっかり遊びに来れる神経がオカルトだと俺は思う。
ケイさんは和気藹々と職員の皆と喋り、1時間ほど滞在して帰った。
そしてケイさんが遊びに来た日の夜、心筋梗塞を起こして84歳の患者さんが亡くなった。
偶然だろうが、やっぱりケイさんは死神か疫病神か何かの類なんじゃないかと、俺は本気で思った。
そして、またひとつ嫌な思い出を思い出した。前置きが長くなったが、本題に入る。
確か、去年の正月だったと思う。寮生組の俺とケイさんと俺の同期の松田は、新年早々夜勤が入っていた。
冬、特に1月~2月ってのは、寒いからか患者が亡くなる率がすごく上がるんだが、今年も例外なく「今夜が峠」みたいな患者が新年早々数名いた。
死後処置の面倒臭さはハンパじゃないので、翌日のことを考えて、その日は皆、萎えまくっていたように思う。
夜、俺と松田がテキトーに各階の巡回をして、カルテを書いていた中、ケイさんは休憩室で御神酒と称して酒を飲んでいた。アル中めが。
そしてカルテも書き終わったころ、突然ナースコールが鳴った。405号室—-空部屋からだった。
しかし実際、ナースコールの誤作動ってのは結構あって、誰もいない部屋からコールがあるってのは珍しくもなんともなく、恐くもなかった。
ナースコールを止め、俺と松田はカルテを書き続けた。
…が、またナースコールが鳴った。同じ405号室から。
「ちょっと俺、切ってくるわ」
松田が立ち上がって、405号のナースコールの主電源を切りに行った。俺はそれを見送って、カルテを書いていた。そのとき、ふと気付いた。
松田の後ろに、誰かがいる。
「…?」
目を懲らすと、病衣を着た男だとわかる。暗くて顔が見えないが、チラリとこちらに横顔が見えたとき、俺は心臓が跳ね上がった。

361 本当にあった怖い名無し 2007/10/09(火) 00:04:25 ID:jaTmh3KaO
それは、『今夜が峠』の患者のひとりで、三日くらい前から昏睡状態だった岡田さんだった。
アングリと口をあけて、焦点の定まらない目をしている。両手は不自然に前に垂らされ、やたら猫背になって、松田の後をついていく。松田は岡田さんを引き連れて405号室に入っていった。
俺は思わず松田を呼び止めそうになった。すると、
「お前といい松田といい、揃いも揃って役立たずな上に疫病神たぁどうゆうことだ」
背後から声。言わずもがな、ケイさんである。いつのまに立ってたのか、酒が入っても相変わらずの無表情で俺の背後にいる。
「ケイさん、あれ…」
「よーく見てみろ。ホラ。」
ケイさんが促す。廊下に目をやり、俺は再び心臓が跳ね上がった。
増えてる。405号室から出て来て、こちらに歩いてくる松田の後ろに、人が。増えていた。なかには、違う病棟の患者もいる。
皆一様に、アングリと口をあけて、焦点の定まらない目をして、両手は不自然に前に垂れ、やたら猫背になって、松田の後をついていく。
「あ、あ、あれ、前田さんに、C病棟の宇佐美さんですよね…」
恐る恐る話しかけるが、ケイさんは欠伸をして、
「C病棟は管轄外だ。俺の知ったこっちゃねーよ」と冷たく言い放った。この人は本当に看護士なのだろうか?
「ケイさん、あれ、どうするんですか」
あの人たちは無害なのか、松田は大丈夫なのか、気になって聞いた。しかしケイさんは再び大欠伸をすると、
「人間てのは寂しがりだから、誰かを道連れにしたがりやがる。旅は道連れ、なんとやら、ってやつだ。自分以外に2人も連れてくんだ、これ以上は大丈夫だろうよ。ま、松田が死んでも、死後処置やんのは俺らじゃねーし。いんじゃね?どうでも。」と言った。

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不思議な設計

141 本当にあった怖い名無し 2008/02/23(土) 00:27:41 ID:3A64ydru0
俺が子供のときに通っていた医院が取り壊されることになった。

思えば子供のころは体が弱くよく風邪を引いたものだ。

その医院が壊された。
驚いたのはその面積だ。
俺の記憶にあるその医院の広さと壊された土地の広さが明らかに違う。
車3台がぎちぎち止めるのがやっとの広さだ。
しかし俺の記憶では、玄関に靴を脱いで上がり下駄箱に入れ、待合室は5~7人くらいが座れる面積があった。
医院には小さな薬局がありそこで薬の処方と会計を受ける。
診察室にはベッドがあった。
その先生(もう故人だが)は風邪を引くと必ず注射を尻に打つ。
俺もベッドに寝転がって嫌々ながら何度も注射を受けた記憶がある。
診察室には最低デスクと薬品棚と椅子と患者用の椅子とベッドがあったはずだ。
しかも先生は医院の2階を住居としていたため階段がある。
診察室と薬局、待合室と階段を入れるとその面積では辻褄が合わない。
隣との取り合いを比べても勘定が合わない。
隣の建物も古く、あとから立て替えたり増築されたものでもない。
当時の建物のままだ。
(続く)

142 本当にあった怖い名無し 2008/02/23(土) 00:28:27 ID:3A64ydru0

当時を知る母にも聞いたがよく覚えていないという。
母は俺が中学に入るころには別の医者に行くようになったから覚えていないという。
その医院を通るたびに不思議な感覚に襲われる。

単なる俺の記憶の混乱か?
他の医者に行ったときの記憶と一緒になって勘違いを起こしたのか?
いいや違う。

俺は自転車に乗ってて転倒し腕の骨に罅が入りここでベッドに寝てギブスをはめてもらったことを覚えている。
俺が当時子供で体の小ささを差し引いてもこの面積の小ささはおかしい。
たとえば子供時代に行ったことのある別の施設に長い間行ってなくて、成人してからそこへ行ってみてもこんな変な気持ちになったことはない。
考えれば考えれるほど変だ。
待合室には水槽があり熱帯魚が飼われていた。
それだけの施設がこの猫の額ほどの面積で行われていたのか?

俺も中年になり当時を知る連中もほとんどいなくなった。
たまに当時を知っている地元の年寄りに聞いてみたらよく覚えていないという。
わからないわけでもないが。30年以上前の話だものな。
でも俺は気になる。
いったいここはどんな設計だったのだろうか?

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小さな手

9 名前:「小さな手」1 投稿日:2000/09/16(土) 23:39
同じコンテストで入賞した作品。

————-
 学校につきものの怪談ですが、表に出ない怪談もあるのです。わたしが転勤した学校での話です。美術を教えているわたしは、作家活動として自ら油絵も描いていました。住まいは1LDKの借家のため、家で大きな作品を描くことができず、放課後、いつも学校の美術室に残って作品を描いていました。今度の転勤先でも同じように、美術室の一角で制作を続けていました。
ところが、妙なことに気づきました。作品の表面に小さい子供の手の跡が付いているのです。油絵というのは乾きが非常に遅く、完全に乾くのに1週間かかることもあります。わたしが知らないうちに誰かが触ったのかと、あまり気にもせず制作を続けました。手の跡も絵の具で上から塗り重ね、消してしまいました。しかし次の日も、子供の手が跡が付いていました。1個どころではなく、作品の表面全体にびっしり付いていたのです。100号という大きさの油絵ですので、単なるいたずらではないなと感じました。その日は作品全体の手の跡を消しながら描いているうちに、作品の山場にさしかかり、9時,10時,11時と、いつしか夜中になってしまっていました。わたしの筆の音しか聞こえないはずの美術室に、いつごろからか、猫の鳴き声とも赤ん坊の声とも言えない泣き声が聞こえるようになりました。窓を開けても猫の姿はなく、赤ん坊も当然いるわけもありません。気にせず制作を続けていると、どうやら美術室の中から聞こえるようなのです。泣き声のする方向を絞っていくと、美術室の後ろにある工芸用の電気釜の中のようです。電気釜は焼き物を作るときに使う、大きめのゴミ箱ぐらいの大きさのものでしたが、故障なのか長い間使った形跡はありません。フタを開けると、本当に生徒がゴミ箱がわりに使っているらしく、丸めた紙くずなどで内部が一杯です。転勤してきたわたしも片づける暇もなく、放置したままだったのです。

10 名前:「小さな手」2 投稿日:2000/09/16(土) 23:43
 わたしが恐る恐る電気釜に近づいていくと、泣き声がふと止みました。ひょっとして生徒が子猫を閉じこめたのかもしれない、そんないたずらをする生徒がいるなら作品についた手の跡も納得できる。わたしはいたずらの正体を見破るべく、電気釜のフタを開け、紙くずを拾い出しました。美術室に響く紙の音は気持ちのいいものではありませんでした。手に取れるゴミは拾い出しましたが、猫など見あたりません。電気釜の底の方には乾いた砂が溜まっていました。わたしは砂に手を突っ込み、中を探りました。指先に手応えがあるので取り出してみると、それは骨でした。動物のもののような骨、わたしは恐くなり、それ以上手を突っ込むことはできず、美術室を飛び出しました。
 翌日校長にこの出来事を話したところ、「すべてこちらで対応するから他言しないように」と強く言われました。その後聞くところによると、わたしが転勤する前、不倫の末妊娠し退職した美術の女教師がいたということでした。その人は、現在消息不明だということです。
 あの小さな手の跡と赤ん坊の泣き声は、一体何だったのでしょうか?

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差別じゃありませんよ

768 本当にあった怖い名無し sage 2005/05/27(金) 21:21:43 ID:2pzBBS0M0
675 名前:名無しのおばさん[] 投稿日:2005/05/27(金) 20:33:50 ID:VQXzQA9D
朝鮮部落って、まあ、不潔の権化、って感じでしたねえ。
私は、女の人が真昼間、道の真ん中で急にしゃがみこんで大便をするのをみました。
少しはかげにかくれて用をたしたらいいのに、と思いました。 日本人は、朝鮮人だから仕方がない、みたいな感じでした。
当時、学校では衛生教育に力を注いでいましたが、朝鮮部落だけはお手上げでした。 差別で言っているのではありませんよ。
事実を言っているだけです。(昭和27,8年頃)
769 本当にあった怖い名無し sage 2005/05/27(金) 21:23:27 ID:2pzBBS0M0
653 名前:名無しのおばさん[] 投稿日:2005/05/26(木) 19:02:00 ID:V87XilGp
私の家に泥棒が入ったとき、犯人は朝鮮人でしたが、やはり密航朝鮮人でした。
朝鮮部落にいたけれど、お金目当てでもう一人の密航朝鮮人と誘い合わせて忍び込んだものでした。
このように、今と違って日本も戦後復興期で貧乏でしたが、 朝鮮戦争や何か残虐な殺戮騒ぎが続いていた朝鮮より日本のほうが、と着の身着のまま密航してきた
朝鮮人が、もう、増えて増えて。 生まれて初めて白い朝鮮服と白い朝鮮靴のむれをみました。
当然仕事もなく、私の家にも盗みに入ったのですが、殺されなかっただけでも、と思いました。
密航朝鮮人は日本女性を妻に持ちさえすればなんとかなる、と思ったのか、
強姦は普通のこと、うまく言って妊娠すれば、そしてその女性が堕胎をしなければ
結婚という可能性もあったわけです。(もう少し大人になって聞いた話)

770 本当にあった怖い名無し sage 2005/05/27(金) 21:24:58 ID:2pzBBS0M0
622 名前:名無しのおばさん[] 投稿日:2005/05/25(水) 22:20:04 ID:o0jzL8/X
そうそう、朝鮮学校の男の子の横暴なことばかり書きましたが、それはとても目だっていたからです。
目立たないおとなしい男の子もいましたよ。 借りてきた猫のような。
女の子も同じ。朝鮮人の女の子といえば、思い出すのはお弁当の卵焼きです。
当時はあのまずい脱脂粉乳がついた給食でしたが、たまに課外授業で先生お弁当を持ってくるようにいわれ母が作ってくれたお弁当のふたを開けたら、
おかずの卵焼きを見て、朝鮮人の女の子が突然、「そんなものはバカのたべるものだ!」と急に立ち上がり怒り出しました。
私は、もう一人の朝鮮人の子も加わり二人の女の子たちにリンチにあいました。
溝に追い落とされてひざから血を流し、泥んこのランドセルをかかえて家に帰りました。
もちろん母には、遊んでいて溝に落ちた、と嘘をいいました。 傷は治るものでしたから。
次のお弁当からは、朝鮮人の子から遠く離れて食べたものです。 哀れなお話でした。
朝鮮人の女の子は卵焼きを作ってもらえないのだ、ということぐらい小学生の私にもわかりましたから。(昭和27年)