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そうぶんぜ

小学校んときの話。
会話文は雰囲気出すために方言で行くわ。

俺は地元が東北なんだけど、俺の小学校は俺が在学中ミニバスが結構強くて、
土日も長期休みも練習&練習試合&合宿ばっかだったのね。
ある夏休みの日、近隣の学校と合同合宿があって、隣町のセミナーハウスに泊まることになった。

226 本当にあった怖い名無し sage New! 2012/01/30(月) 01:04:30.78 ID:8x3Fma9k0
で、現地着いて俺らぼーぜん。

俺ら『なにこのきったないセミナーハウス・・・』

ってのが、全員一致の意見。
木造造りの家が点在してて、ぼろいスーパーが1軒あるぐらいでコンビニもなし、後は山だらけ。
俺らの学区よりさらに田舎。
セミナーハウスの後ろはすぐ杉だらけで鬱蒼とした山々。
本当かどうか知らないけど、誰かのかーちゃん曰く、

おばちゃん『このセミナーハウスは昔、強制労働で使ってた宿舎』

だとかなんとか。
そんときは泊まりイベントに興奮しててその話自体は気にしなかった。

んで、早速練習&紅白試合とかやって、あっとゆー間に夜。

227 本当にあった怖い名無し sage New! 2012/01/30(月) 01:04:59.09 ID:8x3Fma9k0
夕飯喰って、大部屋に戻った俺らは当時学校で流行ってたUNOを持ち出してUNO大会。
消灯時間近くまでUNOやって楽しんでたんだけど、後ろでぽつーんとハブられてるヤツが1人。
便宜上、ソイツをAと呼ぶ。
小学校や中学校とかってさ、いるじゃん?
特殊学級に振り分けられる生徒って。Aもそのクチだったのね。
んでも、部活とかは普通に入れるからミニバス部入っててさ。
ちなみに今考えると、結構可哀想な境遇で、Aんち見たことあるんだけど
現代史の教科書に出てくるようなバラック小屋に住んでて、親父らしきヤツも見たことねーのよ。
多分、母子家庭かなんかで更にはハンデ持ちだったんだろうな。

そんなAだから、小学生ぐらいの歳の連中にしてみたらウザい存在でしかないわけ。
だから、結局ハブられるわけだが、消灯1時間前の見回りに来た監督に、

監督「チームワークも大事に出来ねーおめだぢが勝てるわけねーべ!」

とか怒鳴られてさ。
内心渋々ながらも、Aを交えてなんかやろうって話になったのよ。

228 本当にあった怖い名無し sage New! 2012/01/30(月) 01:05:30.11 ID:8x3Fma9k0
そしたら仲間の一人が、

「こえー話すべし」

とか言い出した。
正直、俺は怖い話はあんまり好きじゃない上に怖い話も知らんのでやりたくなかったんだけど、
Aがハンデ持ちだからUNOなんてできねーし、しょーがなく承諾。
何人かの怖い話はTVとかで聞いたことあったヤツだからそこまで怖くなかったんだけど、Bが

B「『そうぶんぜ』って知ってらが?」

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お礼

初書きで携帯からなので読みにくかったらすいません
あとフェイク入れてるので矛盾あったらすいません

長いです
【お礼】
自分がまだ中学生で実家に住んでいた頃
東北の雪深い山奥で冬は毎日家の前、日曜日は田舎特有の無駄に広い土地の為家族総出で屋根の雪おろし、庭などの雪かきが定番だった
ある日曜日、我が家は定番の一家総出で雪かきをしてたんだが隣に住んでいるお年寄りも雪かきをしていた
お年寄りの住んでいる家の土地とは密着していて他は道路挟んだり空き地挟んだりしていた
軽い挨拶もそこそこに午後から昼食がてらの買い物が楽しみでさっさと終わらせたくて夢中で雪かきしてた
途中でいつもは落ちてこない位置の屋根から雪が落ちてきて間一髪逃げたりしてたがいつも通りの雪かき

家で家事やってた婆ちゃんが近所の店にジュース買いに行くって出ていって、その後ろ姿を屋根から落とした雪で高くなった場所から一息つきながらなんとなく見てたら隣の家との境目あたりの誰もいない方向みてちょっと不思議そうな顔しながら会釈してた
うちの一家は俗に言う「見える」一家だったので「あーまた婆ちゃん何か見たのか」程度にしか気にしてなかった
そんなこんなで昼になり雪かきも一段落したし家族皆で出掛けた
出掛ける時隣にまだ雪かき道具が出しっぱなしになってたけど出しっぱなしで昼飯食ってまた再開するんだろうと誰も気にしなかった

200 2/4 sage 2012/03/03(土) 00:15:14.53 ID:YSrWuAbQO
んで買い物終わって帰ってきて夕方五時くらいに伯母が「隣の家まだ雪かき道具出しっぱなしなんだけどどうしたんだろ?」
って言った瞬間婆ちゃんの顔色が変わって「外見に行くぞ」って叫んで家飛び出した
婆ちゃんの尋常じゃない雰囲気にあわてて家族全員で伯母は隣の家の玄関開けて中にいるか確認(田舎なので玄関の鍵は寝る時と外出時以外基本開けっぱなし)して誰もいないと報告
自分達は隣の人が雪かきしてた辺りを探してた
突然婆ちゃんが「ここに埋まってるから掘れ!!」って手で雪を掘り始めたからみんなあわてて手で(道具を使うと傷つけてしまう為)掘ったら体育座りする格好で隣のお年寄りが出てきた
隣の家は独り暮らしで雪かきしてて暖房がついていなかったので暖房ついてる我が家の茶の間に父と自分で隣のお年寄りを運んだ
婆ちゃんが言うにはそこからうめき声が聞こえてきたらしい
息はあったけど意識が無く、雪の中に長時間いたせいで脈が弱く体温も低かったので救急車が来るまで家中の毛布かき集めて温めたり父が必死に人工呼吸したり身体さすったりしてたが病院で亡くなった

201 3/4 sage 2012/03/03(土) 00:16:23.18 ID:YSrWuAbQO
警察官が言うには屋根から落ちてきた雪に埋まって前屈みみたいな体制になってた
雪に埋まったのは午前中(自分が屋根からの雪から間一髪逃れた時には埋まっていたらしい)
病院に着いて少しの時間は生きていたらしい

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飢餓の時代

オカルトではないけど歴史の話でちょっと面白かったので投下

まぁ怖い話と言うかウチの地域(山間部)で実際に起こった歴史なんだけどさ

1783~4年は世に名高い「天明の大飢饉」が起こり、我が南部藩でも沢山の人間が死んだ
南部藩がまとめた『南部史要』によると、餓死者が40850人、病死者23848人、
一家全滅で空き家になった家は10545戸にも及んだという

南部藩八戸でまとめられた『天明卯辰簗』にはその当時の人身の荒廃の様が生々しく書かれている

『夫を欺し打殺して是を喰 我子をも鎌にて一打にてうちころし、頭より足迄食し、
夫より倒死の市外を見付是を食とし、又々墓々を掘返し死骸を掘出 夜々里に出でて人之子供を追候。』

また、遠く南部遠野藩の『動転愁記』には『「もう喰いたいと言わぬ故許せ」と泣き叫ぶ八歳の娘の頭に
石を打ち下ろして殺し、早瀬川に投げ込』むなどの記述がある

524 本当にあった怖い名無し 2009/12/03(木) 20:39:29 ID:BZo7Jb+o0
これだと生きていけないってんで、皆、農民も町人もどこか食い扶持を求めて家を捨てて逃げるそうだ

しかし、皆が隣村に「亡命」してきてももちろん喰うものはどこにもないもんで、
却って食い扶持が少なくなって全滅の危険がある。

そうなるとどうなるか。亡命してこられる前に隣の村の奴をできるだけ殺そうって話になる
皆必死だし、ニ、三人死んでも今更皆気にしないから、若者とかまだ体力がある奴が鎌や鍬を手に持って、
隣村を素面で襲撃して殺す殺す。皆もう逃げる体力もないから皆殺しなんだそうだ

その殺された奴の遺体は飢えた者たちの食料になったというから凄まじい

皆殺しをやった村では、未だに殺した人間以上に人口が増えないそうだ

527 本当にあった怖い名無し 2009/12/03(木) 20:51:50 ID:BZo7Jb+o0
それでも、やっぱりいつの時代にもいい人はいるもんだ

ついに飢饉も最悪の状態になると、一山も二山も越えた先にあるウチの町にまで農民が亡命してきたそうだが、
土地の事情で生産が多く、まだ余裕があった俺の町の農民たちは哀れに思って、
決して多くない蓄えを放出し、餓鬼みたいになった農民たちに炊き出しして振舞ったんだと

しかし、これがいけなかった。メシを食わせた瞬間、大半の農民は死んでしまったそうだ

何ヶ月もろくすっぽ食ってない胃に食い物を入れると人間ってショック死するんだと
農民たちは白目を剥き、ひっくり返って苦しみ抜くそうで、ウチの町の農民たちがおろおろするうちに皆死んだ

こういう悲劇がいろんなところで繰り返される。善意でやったつもりが、かえって最悪の結果を招いてしまう
そのことを知った俺の町の先祖たちは、亡命してくる農民たちを追い払うようになった
町は餓鬼の群れで溢れ、そこらじゅうに行き倒れの死体が転がって極めて凄惨な光景だったそうだ

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虫の知らせ

怖い話に分類されないかも知れないが勘弁してくれ。
最近気づいたんだ。俺もしかしたら虫の知らせってのが何度も来てるのかもしれん。
後出しだって言われても仕方ないのは承知なんだが先日の北朝鮮ミサイル発射の前の日、夢の中で東北の日本海側の沿岸で北朝鮮が日本と交戦してる夢見たんだ。
ガンガン本土にも着弾してる夢だった。
その日に遊んだ友達にも昨日夢で北朝鮮と日本戦ってたわ(笑)とか話してたら次の日ミサイル発射されて友達も本当に戦争なるんじゃね?とか笑ってたが俺は笑えなかった。
今まで何回かそういう事があったから。

最初は19か20の時。その日は仕事で疲れてて23時くらいに床につき寝ようとしていたらいきなりの偏頭痛と腹痛。
次の日も当然仕事だし脂汗流しながら目を閉じ寝ようとするも気づけば1時過ぎ。そして寝たのか意識が飛んだのかわからないまま朝を迎えて普通に出勤、仕事を終え帰宅。
すぐにジャージに着替え携帯をチェックしてみると普段平日は数件しかこない着信がなぜかこの日は20件以上。
(当時自分はどうせ仕事中は出れないからと携帯は会社に持っていってなかった。)
着信は全て一人の友人からだった。気になり電話してみると、彼?はすぐに電話に出た。電話越しの彼は半狂乱だった。小中高ずっと同じなのに最初誰かわからないくらいだった。
何で出なかった!何で出なかった!それしか言わない彼にとりあえず事情を説明して謝り、なんで何度も電話してきたのか聞いた。彼は言った。○○が事故で死んだ。と。

206 本当にあった怖い名無し New! 2009/10/20(火) 00:02:10 ID:FNfs6EQeO
最初、全く理解できなかった。
彼曰く、午前5時過ぎに夜勤が終わり、帰宅途中に居眠りからの単独事故を起こしてフロントガラスを突き破り車外に放り出され即死だったらしい。
そして友達にも話が伝わり自分にも電話がきたが出なかった、という事だった。
そしてもう一つは自分の祖母。その日も深夜に急に胸が苦しくなり寝れずにいた。そしてまた同じくいつの間にか朝になり出勤。
しかし一時間もしないうちに会社に祖母が亡くなったという電話がありすぐさま帰宅する事となった。
祖母の死因は急性心不全。朝起きてこないのを不審に思った叔父が寝室に様子を見に行ったところ、倒れて冷たくなっていたらしい。
友達の死から数年後の祖母の死、そして両方とも前の日に自分の体調に異変が起きていた。

祖母の葬式の時にその話を叔父にすると、虫の知らせがきたんだろう、と言った。そして先日のミサイル。
偶然であるなら偶然であってほしい。むしろ全部偶然で夢オチ乙!とかハイジ、って済まされた方がいい。俺の体が寝れなくなるほど痛んだら誰かが不幸になるとかマジで勘弁だ。
んでさ、ある意味こっからが問題なんだわ。
昨日、夢見たんだわ。
内容は…日本各地での同時大地震。
日本全土でかなりの数が死んだと思う。
で、自分の足元が裂けた瞬間にみんな一度は体験した事があるであろう足を引っ張られるようなあの感覚で急に目を覚ました。
そしてそれから朝まで胃から胸にかけて刺すような痛みが走り続けてで一睡もできなかった。
夢と体の痛みが一緒に来た事なんてなかったからめちゃくちゃ不安だ。
頼むから全部偶然であってくれ…

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短くて怖い話

場違いな説教

うちの親父が子供だったころの、とある東北の田舎での昭和30年代の話。
うちの実家はすぐ近くに駅があって、線路に囲まれたとこにあるんだが、飛び込みがよくあったそうだ。
夜中に汽車の急ブレーキ音が聞こえると、またか!とばかりに周りの住民が野次馬しにいったそうだ。
いつものように急ブレーキ音で駆けつけると、下半身がちぎれた男性が苦しい痛いとうなってるその傍らでどこぞのバアさんが、なんでまたバカなことした!って説教してたって。それを見た親父はそれどころじゃないだろってゾクッときたらしい。

汽車や、周りには肉片が飛び散り、凄惨な状態だったそうだ。
親父はその一回だけしか見なかったらしい。思い出すのも嫌みたいで、家族で自殺のTVのニュースを見てて、ぼそっと話した。
そんな自殺多発地域だったらしいが、特に幽霊の目撃者もいない平和な住宅地になってる。

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怖い映像

橋北中学校水難事件

橋北中学校水難事件または津海岸集団水難事件は、1955年7月28日に三重県津市の津市立橋北中学校の女子生徒36人が、同市中河原海岸(文化村海岸)で水泳訓練中に溺死した水難事件。
穏やかな浅瀬で一瞬にして多くの生徒が亡くなったためオカルト扱いされることも多い。

昭和30年8月3日当時のニュース映像

wikiより
28日事件当日、水泳場設定時すでにあった流れで、平常の満ち潮だけに原因する流れとは到底認め得ないかなり強い流れ、これを裁判では「異常流」と称している。第一審津地裁では「強いとはいえ水泳場内に立っているものが押し流されるというまでには至らぬ程度のもの」としたが、控訴審では「多数の女生徒を押し流した」としている。これが27日とは逆に水泳場をほぼ南より北に流れていた(27日には生徒が南に流されている)。
これについては以下の証言がある。
「足の裏の砂がすうと動くように感じ」(女生徒)
「海底の砂がくづれて流されている様子であった」(女生徒)
「流で足をさらわれ倒れかかったこともあった」(泳げない組女生徒)
「北に向きをかえて泳ぐととても泳ぎやすかった」(泳げる組女生徒)
「自分は少しは泳げるのにこの日はほとんど泳ぐ間もなしにブクブク流されていって溺れた」(泳げる組女生徒)
「後向きに陸の方へ行こうとしたけれどもなかなか進めなかった」(女性教諭)
「急いでそこへ行くと…後から押されるように前に浮き上るのを感じた」(教諭)
「後から突きだされるような感じをうけながら溺れていた生徒を助けたが」(教諭)
「2人目の救助に向かった時、急に潮の流がきつくなってきてさざ波もたち…(コムラ返りを起した友人の)○○は足がなおって浮袋をもちながら戻ろうとしても流がきつく、なかなか戻れなかった」(女生徒の救助に当たった男子水泳部員)

生徒の入水後2,3分した頃沖合から突然大きなうねりが女子水泳場附近一帯に押し寄せ、このうねりのために女子水泳場は沖の境界線附近でさえ1m足らずの水深しかなかったのに1m4,50cmに水位が上昇したとするもの。第1審では錯覚とし、民事ではうねりはあったにしろたやすく信用できないとしている。
これについては以下の通り証言がある。
「女子水泳場東南隅附近の深さは腰(実測1m)まで位のところで…5分もたたないうちに水が急に口の辺(実測1m45cm)まできて」(女生徒)
「(東北隅の表示竿)へ歩いたり、泳いだりしながらいくと、まだそこにいきつかないうちに立とうとしたら背がたたず、頭が水にはいってしまっても足がつかないので、」(泳げない組女生徒)
「色小旗のすぐ手前の辺で一寸泳ぐまねをして立とうとしたら急に水がふえ背が立たなくなり頭をこしてしまった。」(泳げない組女生徒)
「その時急に深くなってきて、背がどうにか立つか立たん位になったので、背のびしてピヨンピヨンとぶようにして岸へきたが」(泳げない組女生徒)
「東南隅の表示竿の手前1m位のところへいくと、自分の胸位(実測1m14cm)の深さでその時は流も感じなかった。3人で北に向かって泳いでいき東北隅の表示竿の手前5m位のところで立とうとすると、深くて立てないので」(泳げる組女生徒)
「水泳場の中であろうと思うが、疲れて立とうとしたら深くて背が立たなかったので必死になって陸の方へ泳いだ。立とうとしたところの深さは手をあげても足りないくらいだった」(泳げる組女生徒)
「(南から3本目位の小旗)へ10m位とんでいこうとすると、へそ位の深さだったのが高いうねりのためあごの辺まで水がきて」(教諭)
「女子水泳場の東北隅の表示竿より南西15m位のところに立ちどまると、深さはへその辺(95cm位)であったが、急に20cm位もあるうねりがきたかと思うと…その時水は脇位(1m16cm)になっていて、…うねりはわずかの間隔をおいて2回きたことはたしかである」(教諭)
「表示竿の線から2,3mでたところまでいくと、そこでもパンツの上のバンドがぬれないくらいの深さしかなかったが、…表示竿の南方15,6mのところで胸の深さになり、…急いでそこ(20m位先)へいくと自分のあご位の深さになり」(教諭)
「女子水泳場の北限の表示竿の方へいくと…そこの深さは水が鼻の辺まであったから1m50cm位であった」(教諭)
「南西から北東へよぎるように海に入っていくと、乳の辺までの深さが急に深くなって鼻の辺まできた」(救助に当たった男子水泳部員)
この他「その時の潮は漁師仲間で上り潮という癖のあるもので、…こういう潮の時は海面に段がついて押してくるので」(救助に当たった漁師)、「海岸の方に何かが押し迫ってくるような感じがした」(男子生徒)という証言がある。 このような「異常流」や「急激な水位上昇」についての証言は、いずれも幅50mの女子水泳場内外でのことで10m隔てた男子水泳場ではそれを意識しなかった男子生徒がかなり多数あった。