昔救急外来で当直してたときのこと
夜中救急車で急患が運ばれてきたが、
車内で事切れており、病院で俺が死亡確認した
身元を調べるためかばんをみると、
藁人形とお札とろうそくと誰かのスナップ写真がいっぱいに詰まっていた
あれは気持ち悪かった
タグ: 人形
ひな人形かざった。
外出から帰って来てみたら全部後ろ向きになってた。
140 : 本当にあった怖い名無し : 2012/05/19(土) 12:52:43.95 ID:irS+KqDTO
虐待の話。
近所の金持ちん所の嫁が警察に連れていかれた。30歳くらいですげぇ美人の女性でお嬢様育ちでこっちに気が付くとまたにこっと可愛らしく笑ってた。
でもそれより女の6歳になる男の子が目や鼻の区別がつかないくらい顔面をパンパンに腫らして両腕がへしゃげて衣服は真っ赤にそまってて下半身からはどす黒い何かが止めどなく噴出してたのをみて気分が悪くなった。
あとで話をきくとあの母親からプロレスごっこと称して毎日虐待を受けてたみたいで、その後その子は息を引き取ったみたい。机の上から息子に向かってヒップドロップで死なせたんだと。
残酷だねえ
156 : 本当にあった怖い名無し : 2012/05/19(土) 19:25:43.00 ID:7JjHWqv50
56歳の男性が、息子の嫁(パキスタン人)を7年間性奴隷として監禁したという。
性欲の権化である義父は、息子の花嫁として英へ来た22歳のパキスタン人女性に対し、性的虐待を繰り返していた。
義父は、嫁の持参したパスポートと宝石を奪い、セッ●スを拒否した場合離婚を強制させ、世間の恥となる、などと脅していたという。
性的虐待は肉体的苦痛を伴うものにも及び、時には熱した鉄を腕にあてがう等の暴行もしていた。
義父は若い花嫁にポルノを見ることを強要し、いつでもセッ●スができるよう、下着を身に付けることを禁じた。
更に外出の際は痴漢するなど、若いパキスタン人の花嫁は、義父のどこでもセッ●ス人形と化していた。
救いとなるべき夫はそれを黙認し続けていたというのだから、救いようが無い。
耐え切れなくなった花嫁は、ある日警察につたない英語で通報する事に成功し、今回の事件が明るみに出た。
嫁は通報の為に一生懸命英語を学んだという。
ブラッドフォード・クラウン裁判所の裁判官は、通報した女性の勇気を賞賛している。
しかし、自らのパートナーを求めることを放棄して息子の花嫁を求めるとは恐るべし、老人の性だ
252 : 本当にあった怖い名無し : 2012/05/21(月) 19:05:38.76 ID:bCjk91nU0
生後1歳の幼児の性器にヘアアイロンをあてて火傷をさせた19歳の母親が逮捕されました。
逮捕されたのはタレクゥアに住む、ジョディ・ロック(19)で、生後1歳と1ヶ月の幼児に対する虐待が発覚したのは、けがの治療に訪れていたタレクゥア市立病院からの通報からでした。
病院に到着した警官の話によると、幼児は目つきがどんよりとし、ひどくおびえていたといいます。
幼児は右太ももから睾丸にかけて3条のひどい火傷の跡があり、数カ所骨折していました。
ロックは最初、犯行を否認、叔母や叔父がやったものとしていくつか異なる供述をしていましたが、やがては自分の犯行と認め、ヘアアイロンで幼児の性器をつまんだことを自供しました。
宣誓供述書によると、アイロンをあてた際に白い水ぶくれができるのを見たとも述べています。
また腕の骨折は、ベッドの上でボーイフレンドと共に、幼児の腕を引っ張って放り上げたときに折れたのかもしれないとしています。
ロックは現在、チェロキー郡教護院に勾留されています。
幼児は州が保護しました。
180 本当にあった怖い名無し sage 05/01/25 15:23:53 ID:VfAHo/BjO
四年前、17歳の時しょっちゅう家出してた。
スタビで探した自称『パパ』という男(50歳位)の家に行く事になった。そいつは福島?のいわき市?に住んでいたの
家は古くてグチャグチャだった。昔のゴクミとかがでてる明星がイッパイ置いてあったよ、時間が止まってるみたく。
私に部屋を与えてくれたけどその部屋は外に鍵が付いてたの。その瞬間、ヤバイと思ったよ
部屋に閉じ込められてた。(食事は出されたし、風呂は監視されながら入る)
3日目で部屋から飛び降りて逃げたよ(二階)
アル中だった。一日中酒飲んで、無職で、競馬や競輪をファックスで予想して
その収入だけで生活してたよそいつ。
気に入った女の子いると自宅に連れて来て飼うのが好きなんだって
何回も警察に注意されてるって自分で行ってたよ
私に『保険金殺人しよう、俺の親戚を殺してくれ』て言われたよ
そいつに洋服買って貰って、今も持ってる。だって、あれは夢じゃなかったという証拠にしたいから。
今も未成年連れこんで飼ってるんじゃないかな?
鍵を外側に設置してる時点で常習だよね
183 本当にあった怖い名無し sage 05/01/25 22:14:24 ID:VfAHo/BjO
>>182丸写しっていうか、この体験した後に
東京伝説読んで、似てるなぁって思ったから書いたの。
嘘じゃないよ。架空の話じゃないし私の空想でもない。
じゃあその男の特徴とか家の周りにあった物言うから。
眼鏡かけてて、逸見まさたかに似てて
逸見さんを太らせた感じ。家の近くに海があった。
前に監禁されてた子の物だと思うけど、人形とか机とか化粧のセットとか下着があった。
でも、いわき市の何処なのかは分からない。帰る時も無我夢中で走って駅に行ったし
来た時は奴の車で行ったから。その町には大きな市立図書館があったよ
一日目に車であちこち連れ回されて図書館を指さしてた。
名前も分からない。海があった事しか覚えてない。
でも『前に連れてきた子はシンナーが好きでねぇ、お前も欲しい物あったら持ってきてあげるよ』
て言われた。スタビで今も家出少女見つけて連れこんでるんじゃない。私は何もされてないけど
酒飲んで暴れて怖かったよ。話も通じないし。奴が用意した子供服を着させられて
だからきっと子供が欲しいだけなのかもね
184 本当にあった怖い名無し sage 05/01/25 22:38:31 ID:M9IFVJ7GO
>>183
おっさんもさることながら
淡々と語るお前も結構オカルトだな。
それより通報しなかったの?
監禁は犯罪だろ。きみ自身が面倒なことになるのはわかるけど
そんな危ない奴ほっとくの?
185 182 sage 05/01/25 22:56:45 ID:6MpInnQ+0
>>183
ごめんごめん
疑ったわけでもパクリと決めつけたわけでもないんだ
書き方悪くてごめん
294 本当にあった怖い名無し sage 2006/12/11(月) 19:41:11 ID:euciTnRP0
四国八十八箇所を逆に回る「逆打ち」をやると死者が蘇る。
映画「死国」の影響で逆打ちをそういう禁忌的なものとらえている人も多いのではなかろうか?
観光化が進み、今はもうほとんど見ないようだが、
真っ白い死装束のような巡礼服を着て順打ち(八十八箇所を普通に回ること)をしている姿は
まるで死での旅のように不気味で(実際行き倒れも多かったらしい)、
確かにその逆をやれば死者の一人二人生き返ってもおかしくないような雰囲気があり、
また地元の老人方も「逆打ちをしている」というといい顔をせず、
「やめたほうがいい」「罰当たりだ」と苦言を呈してくることがあったそうだ。
さらに「打つ」という表現をするように、八十八箇所回りは
参拝した寺に木の札を釘で打ちつける、というのが本来の作法で、
(現在では木の札を打ち付けることは禁止されており、専ら紙の札を納めるだけである。)
その打ち付けるという行為が「呪いの藁人形」などを連想させ、なんともおぞましい感じがする。
主観交じりの些細なことだったかもしれないが、
「八十八箇所回り、とりわけ逆打ちにはオカルト的な何かがある!」
と、若い俺達に思い込ませるには十分すぎた。
俺は当時一緒に心霊スポット荒らし(心霊スポットでバカ騒ぎしたりカップル冷やかしたり)
をしていた、のっぽのYと茶髪のAという友人二人を連れて
『四国八十八箇所逆打ちの旅』をやることにした。
295 本当にあった怖い名無し sage 2006/12/11(月) 19:42:18 ID:euciTnRP0
大学三年の夏休み、俺達は有り余る若さと体力と時間に任せて自転車で四国に渡った。
「車じゃ味気ない、徒歩は無理っぽい、じゃあ自転車だろう」
という考えだったのだが、
今にして思えば真夏に自転車で四国一周というのも大分無理があったのではないだろうか。
何にせよ、俺達三人はK県S市にある八十八番目の寺(逆打ち開始地点)の前に立ち、
旨いうどんを食い、テンションMAXだった。
暑い日差しにも負けず、パンクにも負けず、夜の薮蚊にも負けず、俺達はひたすら寺を回った。
数日が経ち二十数ヶ所の寺を回り終え、俺達は蜜柑ワールドE県に突入した。
「せっかく蜜柑の国に来たのだから」
と、商店でみかん買い、何番目かの寺で休んでいたときだ。
「あのおばちゃん前の寺でも見なかったか?」
Yがみかんの皮を剥きながら尋ねてきた。
「どのおばちゃん?」
「ほらあれ」
私の問いかけに、Yがその人物を指差す。
その先にはボロボロに薄汚れた格好で(ひどい言い方かもしれないが)大きな鞄を持った中年女性がいた。
「いや、気のせいじゃないか?俺は見た覚えないぞ」
「マジで?見た気がするんだけどなぁ」
「つーか逆打ちなんて物好きなことしねーだろ普通」
(逆打ちコースだと、同じ巡礼者に二度会うことはまずない)
「そうだよなぁ、でも見た気がするんだよなぁ」
Yは気にかかるようだったがその話はそこで終わり、後は
「みかんうめぇ」「この辛さなら巡礼者も行き倒れるわな」
などと言い合っていた。
それから更に何日かかけて、E県の寺もほぼ回りつくした。
(もうすぐE県の寺も回り終える。名残惜しいがみかんともポンジュースともお別れだ)
そんなことを考えながら、B寺という四十数番目の寺で一夜を明かそうとしていた時だ。
時刻はもう午前0時近く、連日の疲れがあるはずなのに何故か眠れない。
Yも同じようで、仕方なく二人でのんびりと星を眺めていた(Aは爆睡)
犬鳴き岩に打ち付けた藁人形
小学校に入ったばかりの頃、同じクラスにいじめられっ子がいた。
貧しい家の子で、いつも悪臭を漂わせ、性格も暗くおよそ子供らしくない男の子だった。
ある日、公民館の庭で藁(わら)の束で遊んでいたときにふと思い立ち、藁人形を作ってみた。
オカルト好きな少年だった僕は、予想外の出来映えに作るだけでは満足できなくなり、翌日件のいじめられっ子の髪の毛を手に入れ、人形に埋め込んだ。
さてあとはどこかに打ち付けるばかり。
思い巡らすと少し遠出することになるがぴったりの場所がある。
地元に言い伝えられる犬鳴き岩の周りは暗い林になっていて、牛の刻参りには打ってつけだ。
もっとも夜中に行くわけにはいかないので土曜日の半ドンのあと、半日かけて行くことにした。
次に犬鳴き岩を訪れたのは数年後の小学校中学年になり、親友と大喧嘩した週末だった。
いじめられっ子も健在だったし、すっかり忘れていた僕がなぜまたそこへ行く気になったのかは分からない。
とにかく前回のようにまた犬鳴き岩にやってくると、以前と何も変わらず暗い林の中に岩はうずくまっていて、僕が以前人形を打ち付けた名残は全くなかった。
前回と同じように、髪の毛は親友のものを使い、首の付け根めがけひとしきりハンマーを振るうと家に帰った。
親友とは翌週には仲直りし、犬鳴き岩の儀式は記憶の隅に押しやられた。
その後覚えている限りでは、小学校高学年の頃に父の、中学生になって兄の髪を持って犬鳴き岩へ通った。
それらも何事もなく過ぎ去り、もう思い出すことなどないはずだった。
63 : 本当にあった怖い名無し : 2012/02/23(木) 21:44:52.76 ID:XmMjbSNw0
すっかり忘れ去った記憶が蘇ったのはそれから十年近く経ち、久しぶりに郷里に帰ったときのことだった。
親友とは未だに付き合いが続いていた。
成人して酒を飲めるようになり、旧友たちとの再会に話も弾んでいたある夜。
小学生時代のいじめられっ子が、若くして命を絶っていたのを知った。
親しくしていた者もいないので原因は推測するしかなかったが、自宅で首を吊ったらしい。
話を聞いた瞬間ちらと犬鳴き岩での記憶が脳裏をよぎった。
しかしあれは子供の頃、虫を無意味に殺したのと同じただの遊びのはず。
そう片付け、僕はかつての級友の冥福を祈った。
時が経ち三年後、就職し郷里からはさらに足が遠のいたが親友たちとの付き合いは続いていた。
ある日衝撃的な報せが飛び込む。
当の親友が、事故で亡くなったのだ。
仕事で高所作業中の落下事故で、首の骨を折り即死だった。
茫然としながら、やはり記憶の縁をかすめるものがあった。
犬鳴き岩の思い出。
僕は、いじめられっ子のときと同じく、親友の髪を埋め込んだ藁人形にも首に釘を打ち込んだ。
それも二三年後に。
こじつけかもしれないが関係があるのではないか。