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子どものころの怖い話

ハトコの話

おれのハトコがいわゆる見える人なんだが、そいつの話をしようと思う。
これはうちの母親から聞いた話。
小四のころ、よくハトコは学校から家へまっすぐ帰らず、寄り道をして友達と遊んでから帰った。
当然帰りは遅くなり、母親に叱られて、家の蔵に閉じ込められてしまったそうだ。
しばらくするとハトコの泣きわめく声がする。家に聞こえるほどだったらしいが、母親は出さなかった。
でも、騒ぎを聞き付けた隣のじいちゃんがハトコを倉から出してくれた。
そのハトコの様子はひどいものだったらしい。蔵の二階から落ちたらしく顔や足に怪我を負い、泣きわめき、嘔吐をする。

そして極めつけは手形だった。
ハトコの腕、足にくっきりと手形があったそうだ。背中にも。
ハトコの家は家族仲が悪かった。
そのため、というか普通に考えれば虐待の疑いがあるということで、公共機関も乗り出してきたらしいが、そんなこともなく、蔵にハトコ以外の誰かがいた痕跡があるわけでもなく(警察にも来てもらったらしい)、それにハトコは蔵で何があったのか絶対に言わなかった。
今も謎のままで、聞いても教えてくれない。

825 ハトコの話 2 sage 2007/07/22(日) 17:00:37 ID:oveW1A2ZO

ハトコはそれからと言うもの、しきりに何かいると言っては怖がるようになった。黒い子どもが見えるらしい。
精神的にもまずかった。
カウンセラーにも行ったらしいが、ハトコは何があったのか絶対に言わない。しまいには喘息になってぶったおれた。
家庭環境が家庭環境だっために、ストレスが爆発したのではないかと、霊的なものは考えに入れてなかった(認めたくない?)らしいが、
やっとお払いに行って言われたのは

「もう手遅れ」

べったりと何人も子どもがひっついている。手を出したらこっちが危ない。蔵に閉じ込められていたものがハトコに取り付いた。
蔵にはまだまだいるから、ハトコを少しでも長生きさせたければ、絶対に近寄らせるなと言われたらしい。

これも始めて知ったことだが、ハトコの蔵はひいじいさんが死ぬまでは、定期的にお払いをしていたということだった。
死んでからは一度もしていないようだった。何があるのか、何があったのかは誰も知らない。
ハトコなら、なにか知っているかもしれないが。

826 ハトコの話 3 sage 2007/07/22(日) 17:02:47 ID:oveW1A2ZO

ハトコ家族はしばらくして祖父母と別れて引っ越した。ハトコは今でも元気に生きている。
喘息は治らず、よく体調をくずしているが。
推測だが、これがおそらくハトコが見えるようになった原因だと俺は思っている。
そしてハトコと一緒にいると、俺はよくおかしな体験をするようになった。
まとめられれば投稿しようと思う。

今でも、ハトコの腕には色が違うところがある。「足も残ってるよ」というハトコの服装はいつも露出が低い。

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ケンケン婆あ

449 1/4 sage 2005/06/12(日) 12:28:17 ID:1tlDSaoL0

子供の頃近くの山が遊び場で、毎日のように近所の同世代の友だちと一緒にその山で遊んでた。
この山の通常ルート(小さな山なので、登山道というよりは散歩道)とは別に、獣道や藪をつっきった先には謎の廃屋があり、俺たちにしてみれば格好の遊び場だった。
小さな山だったから、俺たちは道のあるとこ無いとこ全て知り尽くしていた。
山はある意味、俺たちがヒエラルキーのトップでいられる独壇場だった。

しかし俺たちにも天敵がいた。それが”けんけん婆あ”だ。

廃屋に住み着いているらしい年取った浮浪者で、名前の通り片足がなかった。
けんけん婆あは俺たちに干渉してくることはなかったが、俺たちは山で遊んでいるとき、よく視界の端で捉えては気味悪がっていた。

しかし好奇心旺盛な子供にとっては格好のネタであったのも確かで、どれだけけんけん婆あの生態を知っているか、どれだけけんけん婆あに気付かれずに近づけるかが、一種のステータスになっていた。

俺の知る限りどちらかがどちらかに声をかけた、なんてことは皆無だった。

その日、俺たちはかくれんぼをすることになった。
隠れることのできる範囲は山全体。
ものすごい広範囲のように聞こえるが、実はこの山でまともに隠れることのできる範囲というのはごく限られている。

どちらかというと鬼はそれら隠れることのできる場所を巡回するだけという、隠れる側としてはほとんど運次第な遊びだった。
で、俺はその「定番の隠れ場所」のひとつである廃墟に隠れることにした。

廃墟の壁には錆付いたトタン板が立てかけてあり、俺はそのトタン板の下に隠れていた。
耳を澄ましていると、「○○ちゃんみーつけた!」という声が遠くの方でしたりして、その声の方向から今鬼がどこにいるのかを推察しながらドキドキしていた。

で、鬼のいる場所が次第に近付いてきて、あっち行け!でもそろそろ次は俺かなとか思っていたとき

「けんけん婆あが基地ンほうに行ったぞー!!」

450 2/4 sage 2005/06/12(日) 12:28:37 ID:1tlDSaoL0
という鬼の叫び声が聞こえた。
基地というのは俺の隠れている廃墟のことだ(俺たちは秘密基地と呼んでいた)。
しかしこれはカマをかけて隠れている人間を燻り出す鬼の作戦かもしれないし、例え本当でも、これはけんけん婆あをすぐ近くで観察して英雄になれるチャンスだ。

そう思って、俺はそのまま隠れ続けていたんだ。

とさっ とさっ とさっ

まさにけんけんするような足音が聞こえてきたのは、そのときだった。
この時点でもう後悔しまくり。

とさっ とさっ とさっ

片足で枯葉を踏む音が、もう廃墟のすぐ前、俺から5メートルほどしか離れていない場所まで近付いている。
見つかったら殺される!
そんな考えに取り付かれて、俺はもうマジビビリだった。
そこで俺はよせばいいのに、いきなり隠れ場所から飛び出して猛ダッシュで逃げるという選択肢を選んだ。
もう飛び出すやいなや、けんけん婆あのほうは絶対に見ないようにしながら必死で友だちの所まで逃げた。
で、事情が良く分かっていないみんなを半分引きずるかたちで下山。
そこで始めて詳しい事情をみんなに説明した。
でもやはり、あの恐怖は経験した本人にしか分からないわけで。
逆に友だちは、そんなに近くまでけんけん婆あに近付いたことをすげぇすげぇと褒め称える始末。

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分譲住宅

665 名前:新参者 投稿日:2001/05/01(火) 03:22
新参者ですが、私が小学生の頃住んでいた家の話をしたいと思います。
場所は、町田の成瀬と言う場所です。
私は現在32歳になりますが、忘れられない話なのです。

その家には、父親の転勤の関係で引っ越すことになりました。
私の気のせいだったのかもしれませんが、ある道を境に、
なにか急にいやな気分になったのが印象的でした。
その家は、急な坂道を上りきったところにあり、
四件の新規分譲住宅だったのですが、そのうちの二件から、
私は何かに見られている?という感覚あったのです。
雨戸も閉まっていて、もちろん中には人などいません。
私は、両親にそのことを話し、線路側(横浜線)の二件だけはやめてほしい・・・
と言うことを伝えました。
しかし、両親が選んだのは私がいやがっていたうちの一件だったのです。

続きます

666 名前:新参者 投稿日:2001/05/01(火) 03:40
その家に入って感じたことは、表現が難しいのですが、空気が黒いのです。
入った瞬間に深いな気分にさせるというか、拒否されているような感じです。
ほんとうに、表現が難しくて文章では書き表せないのですが・・・
両親は、私の制止も聞かずに結局その家に入ることを決めてしまいました。
当時、両親は共働きで、私は学校から帰っても両親が帰ってくるまで
外で遊び、誰もいないときは極力家には居ないようにしていました。
最初におかしなことが起こったのは、入居して初めての日曜日のことでした。
お昼時だったので、昼食を食べながら家族全員でテレビを見ていたときのこと。
庭に「ドサッ」っと何かが落ちてきました。
?? 私が見に行くと、そこには私の鞄が落ちていました。
机においてあるはずの鞄がなぜ? 疑問に思い、二階に行ってみますが、
家族は全員一階にいます。不思議なことに、窓も閉まっていました。

続きます

667 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:2001/05/01(火) 03:43
666 獣の数字

668 名前:新参者 投稿日:2001/05/01(火) 03:53
おかしなことはさらに続きました。
夜中二階で寝ていると、一階から上ってくる足音が聞こえます。
タンタンタンっと、早足で登ってきます。
その足音は部屋の前で止まると、また一階から登ってきます。
子供だった私は、怖くて扉を開ける勇気はありませんでした。
何度となく、それが起こったある晩、私は両親にたたき起こされました。
「どうしたの?」 と聞くと、両親はこういいました。
「あんたたちの部屋に誰か入ってこなかった?」
「なぜ?」と聞くと、「屋根を歩き回る音がする」と言っていました。
窓を開けて外を見ると、隣の旦那さんも電気をつけて外を見ています。
時間は夜中の三時頃だったと思います。隣の旦那さんも、
誰かが屋根を走っていると言っていました。
その家は、線路側の二件のうちの一件です。
その晩は、とりあえず眠ることにしたのですが、
翌日私と両親は、疑いようのないものを見つけてしまうのです。

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霊が見れる方法

788 名前:体験告白 投稿日:2001/05/05(土) 20:11
俺が高2の時に体験した話をする。

俺は小学生の頃から怖い話が好きで、
そのテの本やテレビの特番やなんかは必ず見ていた。

高校に入っても、クラスの好き者と集まっては
よく怪談話をしていた。霊を見たいと思っていた。
ある日、教室で弁当を食いながら、いつもの連中、
K(リーダー格)やD、Sなんかと怪談話をやっていると、
同級生のYが何気に仲間に加わってきた。
俺は、その時女の子もいて「キャー、キャー」やってたから、
Yも一緒に騒ぎたくなったのだろうと思った。するとYは、
「おい、K。おまえ、幽霊見たことあるのか?」
と聞いてきた。Kは「ないよ。見ようとしていろんなことやったり、
行ったりしたけどな」と答えた。
「おまえが霊を見たいなら、確実に見れる方法を教えてやろうか?」
「なに???」
Yによると、Yはいわゆる見ちゃう奴で、子供の時からそうだったので、
今ではもうなんともないという。ただ、霊によってはかなりきつい時もある。
だから、遊び半分であまり霊とは関わらないほうがいい。
俺たちがよくそのテの話をしているので、ちょっと忠告にきた、
とのことだった。

789 名前:体験告白 投稿日:2001/05/05(土) 20:14
「俺のいうとおりにすれば、絶対に見れるけど、どうする?」
「おお! 教えてくれ!」
他の連中も「マジかよ!」「見ようぜ!」とか言って興奮している。
Yによるとその方法は、不慮の事故とか、殺人とか、この世に未練を残した人の
死んだ現場に行って、心の底から同情してやることだ、という。
本当にあなたは可哀想な人だ、この世でまだやりたいこともあっただろうに、
できることなら私が替わってあげたかった・・・というふうに。
そうすれば、必ず幽霊が現れる、という。
俺たちはさっそくその週末の土曜日に実行することにした。
メンバーはいつもの、K、D、S、俺、そしてOBのS先輩の5人。
いつもキャーキャーいっている女どもは怖すぎるといって、不参加。
場所は東京の郊外にあるO市の山道だ(我々はK市に住んでいた)。
そこは、24才のOLがレイプされ、絞殺死体で発見された場所だった。
当時、わりと記憶に新しい事件だったとはいえ、図書館で新聞記事を
探したり、事前に資料をそろえたのだから、我々もなにか
とりつかれたような感じだったかもしれない。

790 名前:体験告白 投稿日:2001/05/05(土) 20:17
土曜の深夜12時に、俺らはS先輩の家の前に集合して、先輩の車で
現地に向かった。車中、みんなそれぞれギャグをかましながら
陽気にしていたが、内心ビビッてるのは明白だった。
俺も、車が街道から田舎道に入って、あたりが鬱そうとしてくるにつれ、
こりゃ、やっぱまずいんじゃねーか、と思い始めてきた。
対向車もいなくなり、まわりが畑や林ばかりになってくると、
先輩の隣で地図を見ながらナビしてたKが「この辺だぞ」と叫んだ。
声がうわずっているのがわかる。時計を見ると1時半を少しまわっていた。
車を道の端に停めて、俺たちは現場を探すことにした。
俺はカセットテープレコーダーと懐中電燈、それと密かに持ってきた
お守りをポケットに入れて外に出た。
Dがコンビニで買った「写るんです」でその辺をバシバシ撮ってる。
S先輩が車に残り、ヘッドライトを消すと、いきなり暗闇になったが、
道沿いの外灯と月明かりでわりとまわりが見える。
山のほうへと続くわき道を50メートルくらい入り、現場らしきところを
探していると、さすがに背筋が冷たくなってくる。
ここら辺で人が殺されたんだ・・

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憑き護(後編)

なぜ死んだ日を明確に覚えているかというと、その次の日(7/23)に水泳の授業があって、Bさん、Cさん、俺と、A先生の足を見た友人が揃いも揃って、プールからあがるとあのA先生についてた歯型がついていた。
足を引っ張られたとか、溝が出てきたとかはなかった。
みんな気味悪がって俺らを避けてくれた。
余談だが、そのせいでその日楽しみにしてた給食のチーズハンバーグが俺と友人だけなかったのは忘れんぞ!

俺ら自身も気味悪くて、皆で相談して担任に相談しにいった。
担任は俺らの話を聞くなり、すぐに車を出してどっかの寺に連れてかれた。

「どこ行くの?」

とか聞いても

「後で話す」

の一点張りだった。
寺に着くと、急いで本堂のような場所に連れてかれた。
一休さんに出てくるような住職みたいな人に

「こいつらかぁ!こいつらかぁ!」

と言われて、TVでよく見る渇を入れる棒みたいなので、俺と友達が肩を叩かれた。
俺はワケもわからずとりあえず怯えてた。
BさんとCさんの方は住職が一瞥して

「魅入られたか・・・」

とボソリと呟いた。

その後、俺と友人、BさんCさん、と分けられ別々にお経を唱えられた。
お経の種類が違ったのかもしれない。
お経が終わったあと住職の爺さんに

「人の噂は人の恨みになる。好奇心で近付くな。喋るな」

と教えられた。
妙に心に染みた。
Bさんは残って俺と友人とCさんだけが担任の車に乗って学校に戻された。
そのあと職員室の奥にある応接室の方に連れてかれて担任から事情を聞いた。(小五の頃だから詳しいことは聞けなかったけど)

「ここからは先生の独り言だから、ただの戯言だ。でも口外はするな」

という前置きだった。
子供の俺でもちょっとした緊迫感が伝わってちょっと怖かった。

『憑き護』って知ってる人いるかな?
読み方はツキゴ。
担任曰く、A先生はその憑き護だったらしい。
憑き護っていうのは簡単に言うと生きた守護霊みたいなものらしい。
普通に生きてて、人を護ったりするけど、かと言って霊でもないらしい。
土地守とかに近い存在らしくて、要するに不幸を被る避雷針みたいな人なんだそうだ。
どこかの家計にそういうのが強く現れるのがあるらしく、鬼門、霊道、etc
とにかく霊的なモノで、普通の人には手がつけられないような場所にそれとなく住ませるそうだ。
京都の方や奈良とかに憑き護は多く住まされてるとも聞いた。

担任の話に戻る。
理由は不明だが、プールでの怪異は大昔からあって、足を捕まれたりとかは本当にあるらしい。
それで溺れて大変な事件になったとかも結構頻繁にあったらしい。
困った学校側がA先生が憑き護だったのを調べて学校に採用したそうだ。
そして問題の日、A先生はたぶん憑き護として俺たち生徒の避雷針代わりに『プールの何か』に捕まれたみたいだ。
その後は、実際には病院に搬送されたのではなく、俺たちにお経を唱えてくれた住職のとこに行ったそうだ。
その『プールの何か』がよっぽど強かったのか、A先生が耐え切れなかったのかはわからないがとにかくA先生はソレに負けたらしい。
学校としては憑き護によって怪異から解放されると思ったようだが、逆に憑き護がダメになってしまったとのことだ。
はっきり覚えてないが話を聞いた時、俺と友達、Cさんは泣いたと思う。
A先生の足についた歯型を見た後の学校で起きた悪戯は多分、憑き護のA先生が護りきれなくなり、今までおとなしくしてた何かが暴れたせいだと子供ながらに解釈していた。
今でもそう思う。
最初のうちは

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凝視する女

154 本当にあった怖い名無し sage New! 2006/10/25(水) 22:21:51 ID:iH8crTkq0
俺が中学生3年生の頃の話。
当時俺は神奈川県の藤沢市に住んでいた。

場所は湘南台にある小さな公園。
20時頃、俺を含めて10人程でボールを蹴り合って遊んでいると、
少し遠くから女の人が自分らを凝視していることに気付いた。

始めは「俺らがうるさくて文句言いに来たんじゃ…」と思った。
しかし、少し様子がおかしい。
ただこちらを凝視しているだけで何かを言う気配はない。
季節は冬なのに、上下真っ白で薄手そうな半袖とミニスカートを着ていた。
肌も真っ白で、髪は腰までのロングヘアー。今思えばそのまんま貞子。
暗闇に真っ白な姿は異常さが漂っていた。

しかも貞子(仮)が少しずつ近付いて来ていることに気付いた。
最終的には友達の1人から5mくらいの距離まで近寄って来た。
本当に気味が悪かったので、「おい、帰ろうぜ…」と友達同士で示し合わせ、
チャリの元へ走って逃げた。でも少し様子見てた。
したら女の人もいつの間にか出てきた黒い普通車に逃げて行った。

その後もその黒い車は公園の周りグルグルしてた。
俺のただ1つの怖い思い出