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洒落怖

為松の竹林

長い話をするので暇なら読んでください。
人名は少し変えたけど、地元の実話なのでわかる人が読めばわかるかも。
この話が発掘されて、今そこの住人の間でちょっとした騒ぎになってる。
「為松の竹林」という昔話です。
780 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/09/22(火) 10:26:41.13 ID:CB/MEM2K0.net[2/7]
昔、うちの近くの山の麓に「為松の竹林」と呼ばれていた場所があった。
文字通り竹林だったらしいが戦後は住宅地になり、それを知る年寄りももうほとんどいない。

竹林になる前、明治・大正の話だけど、そこには為松という人のお屋敷があった。
為松さんは盲目の楽師で三味線と尺八の名手。
貧しい家の出でしかも盲目。苦労に苦労を重ねて楽師になったらしい。
しかしそんな過去を感じさせない、洒落た身なりの知的で優しいお爺さんだった。
為松さんには息子が一人いて、この息子には楽才はなかったが商才があった。
起業して貿易関係で成功し、山の麓に屋敷を建てて老いた父に楽隠居させた。
息子は街で暮らし、この屋敷には為松さんと住み込みの使用人だけが住んでいた。
為松爺さんは三味線を人に教えたりしながら、のどかな余生を送れるはずだった。

息子が四十を過ぎてから、屋敷に若い嫁がやって来た。
女は良く働き、盲目の為松さんの世話も使用人まかせにせず進んでやった。
為松さんも献身的なこの嫁を実の娘のように思うようになった。
女は早くに両親を亡くし、天涯孤独だという。
為松さんは自身も苦労人だったせいか、この嫁に同情し、ついには養女にしてしまった。
781 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/09/22(火) 10:27:59.54 ID:CB/MEM2K0.net[3/7]
もうなんとなく先は読めると思うけど、嫁は金目当ての恐ろしい女だったわけ。

偶然か必然か、息子はほどなく事故死した。ビルからの転落で原因はわからない。
女はさっさと夫の会社を売り渡し、不経済だという理由で屋敷の使用人も解雇した。
為松さんが大事にしていた三味線も尺八も、死んだ奥さんの着物も
屋敷にあった金になりそうな物は、全部勝手に売り払ってしまう女だった。
為松爺さんは心痛でみるみる弱り、寝たきりになってしまった。
目も見えないのに使用人はおらず、手の平を返した嫁は爺さんの世話を完全に放棄。
為松さんは食事もろくに与えられず、奥の座敷に閉じ込められ痩せ細っていった。
寝たきりなのに体も拭いてもらえず、粗相した糞尿で悪臭が漂う。
空腹に耐えかねて嫁を呼んでも、「臭い臭い。早く死ね」と怒鳴りつけられた。
近所の人や為松さんの知人が屋敷を訪ねても、
嫁は「父は弱っていて誰とも話をしたがらない」と嘘をついて追い返した。

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寺・神社 洒落怖 田舎・地方の習慣

土地神

15年位前、不動産会社の営業になってからの話
会社が建売分譲するのに競売物件を競り落とし、確定したから上司の現地調査に同行。
競売に出る位だから元々結構な問題の物件だったようで、周辺住民への挨拶もかねてとの事。
区画確定は終わってたので、売り出す時のチラシ用写真撮影と近隣・周辺施設の調査も。
「○○小中学校から~km、○○スーパーから~km、○○バス停から・・・」とかいうやつ。
その分譲地から徒歩で調査するんだけど、上司が『見える人(不動産系には多い。
むしろ見えないと仕事で成功しない・とか迄言う人が多い)』で、土地神にあたる神社に挨拶に行くと。
ちょうど歩いて5分位に三大社の一つの分社があったんでそこにお参りに行くが、上司曰く
「ここだけじゃねえなあ・・・」って。
地図があったから探したけどそれらしいのが判らずとりあえず周辺調査に行くか、ってなって歩いてたの。
そしたら分譲地から歩いて10分位の所に畑があって、それも結構大きい。
多分3000坪位は優にあった。その真ん中?に小さいお社があって、上司が
「ここだここ!おい、酒と米供えるぞ」新規分譲地では絶対に土地の四隅に撒くから持ってきてるから、
それを備えて皆で二礼二拍手一礼なんか上司が祝詞を上げてた。終わったら「これであいさつは済んだ。すぐ売れるぞ」って。
そのあと何日かで周辺住民や役員、地主たちに挨拶済ませ、早速競売物件の古家を解体。

310 土地神2 New! 2012/08/25(土) 21:21:27.66 ID:a60mQM7D0
その競売物件、元々結構大きな地主一族が持ち主だったけど、当主が事業失敗で
所有不動産を順番に手放し、結果自宅まで差押えで競売という、最近普通に多いパターン。
誰も死んだり恨まれたりは無かった筈。
区画割も結構地型が良かったから道路抜いても5軒取れて、凄く見栄えも良かった。
会社も近畿で結構有名な方で、割とまじめに
工事もしてたから、解体着手の時から周辺住民の問い合わせもあり、配属決まった時はラッキー、てな感じだった。
実際すぐ完売したし。若夫婦の入居が多くて周辺の年寄も喜んでたって話を聞いた位、順調に終了した。

何が洒落にならないくらい怖かったかって?

普通、分譲地って「土地代+建物代+各種申請費+外構費+オプション」なんだよな。
で、普通皆知らないんだけど、「土地代=購入費」な訳ないよな。当然利益を乗せる。
それがたまたま格安で競落出来たから「土地代×2」位上乗せしてもすぐ売れたってこと。

やっぱり「曰くつきの土地ほど儲かる」のがこの国の不動産。だって皆大好きだろ?
この手の話。
教訓/建売分譲を買うのはバカ。でも、分譲マンションを買うバカよりはまだまし。
個人で処分出来るからな。分譲マンションは殆ど詐欺だぜ。

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予知・予言 占い・おまじない、呪い 洒落怖

命日

スレちかもですが
祖父の命日
198X年 3 11

56 本当にあった怖い名無し 2012/07/25(水) 21:49:24.15 ID:/Zqa/kXtO
スレちかもですが
祖父の命日
198X年3月11日
祖母の命日
199X年311

59 本当にあった怖い名無し sage 2012/07/25(水) 22:07:52.56 ID:/Zqa/kXtO
スレちかもですが

曾祖父の命日
197X年3月11日(自殺)祖父・祖母の命日
199X年3月11日(事故死)
叔父の命日
200X年3月12日(急病死)
父の命日
200X年3月11日(急病死)
従兄の命日
200X年3月12日(事故死)
叔母・伯父・従兄・従姉・姪の命日
201X年3月11日(災害)
全て父方です。3月が恐いです。、

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洒落怖

地蔵と蝋燭

164 本当にあった怖い名無し sage 2008/05/09(金) 21:43:14 ID:67FBaa2h0
200X年のある話。偶然にも墓場だらけの場所を発見したんだけど
そこに面白さ半分で入っていって地蔵が数体あった。地蔵の前に蝋燭が1本置いてあり
しかもその地蔵が火を灯してくれといわんばかりの目で見てくるものだから数体あるうちの
1体の蝋燭に火を灯して帰った。そして家に着いて30分ほどたったころか忘れたけど
近くで火事が起こったらしい、付近住民の人がそう言った。内心ビックリしましたよ
何せ数体ある内の1体の地蔵の前の蝋燭に火を灯してから数時間後の火事。
そしてその火事では80歳代の老人。一緒に飼っていた数十匹のネコと共に焼け焦げた。
出火原因は仏壇の火の処理だということだ、これは偶然だが、偶然と思っていいのかもわかりません。
そしてその不可解な出来事は1回だけに留まりませんでした。。。

167 本当にあった怖い名無し sage 2008/05/09(金) 21:52:42 ID:67FBaa2h0
続き、そしてその次の日、昨日あった出来事が偶然起こった事と確かめるために
もう1度その墓場に向かったそして今度は1体だけではなく3体の蝋燭に火を灯した
そして急に怖くなってダッシュで逃げ出してまたしも部屋で待機していると
今度は物凄い揺れがきた、まぁそれは新潟の地震だったんだけど、またしも
自然災害が起こったんですよ、墓場にある地蔵の前に蝋燭を立てて火を灯すだけの2日間
これは呪文なんじゃないかと内心恐怖に怯えましたね・・・
でもこれで終わりじゃなかったんですよ・・・

168 本当にあった怖い名無し sage 2008/05/09(金) 22:06:52 ID:67FBaa2h0
続き、2日連続の自然災害に怖くなって、もうヤメようと思い冬になった
ある時それは12月のはじめ頃もう一度その墓場に向かい今度も同じように
地蔵の前に蝋燭を立てて、今回は1、2体の地蔵の頭にタオルを乗せてそして部屋に戻った。しかし
今回のケースでは何も不自然な現象が起きずあの2日間は偶然だったと思えたが
その日から数日~数十日たった12月26日、雪が降ってきてあの地蔵の事を思い出して
タオルを置いたことをその時思い出したそしてその後、スマトラ沖地震+津波が発生した。
全体にタオルを置けばよかったと後悔するばかりですよほんと・・・
丁度雪が降って来た時と津波が発生した時刻はピタリぽいです
それ以来もう二度とあの墓場には出向いていません怖くて・・・

169 本当にあった怖い名無し sage 2008/05/09(金) 22:10:23 ID:67FBaa2h0
続き、結局『墓場にある地蔵の前に蝋燭を置き火を灯したら不自然な現象が』
3回中3回起こったことになるです。これはもう偶然じゃないとしかry

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洒落怖

5枚目の写真

848 1/3 2008/07/18(金) 13:15:34 ID:KnS7iOxG0
実話、というかちょっと前に体験してしまった話なので
怖いかどうかは、、、一応投下させてください、ちと長いかもです

仕事が終わった後、友人に誘われてファミレスで雑談をしてた時の事です
俺を含めて男4人、女2人の6人で集まってました
その時の雑談の流れで皆で心霊スポット行こうって話になったんです
良くある話なんですが、今までそういう所に行っても実害がないので
いい暇つぶしみたいです(個人的には怖いの苦手なので俺だけはいつも渋るんですが

今回も案の定俺の意見はスルーで突撃する事になったんです
俺のアルファードなら6人乗れるからって事で俺が車も出す事になりました
ただ、本気でやばいところはマジで止めてくれって俺が泣きついたので
いわれはあるけど実は作り話でしたってオチのある場所に行く事に、

刑場跡とか言われてる公園らしいんですが、元々雰囲気のある場所なので
何も無いと分かっていてもかなり怖かったです
で、そこに石段みたいのがぽつんとあるんです
それが作り話の元になった物体らしいんですが
友人は俺がビビりまくってるのみて面白がって写メ撮ったんです
しかも4連写で。その時は本気で殴ろうかと思いました

その後、他の奴らがここのは作り話だから大丈夫だって、と
慰めてくれて、みんなで撮った写メなんとなく確認しようとしたんです

849 2/3 2008/07/18(金) 13:16:33 ID:KnS7iOxG0
5枚ありました。写メが

小さく表示された、同じ写メが5枚並んでました
全身に鳥肌が立つ感触がもうしてたんですが
みんなはちょっと一枚ずつみせろなんて言ってました
見たら後悔するきはしてたんです
でも、見ずにはいられませんでした。
1~4枚目までは普通の写真だったんです
でも5枚目だけが異様な事になってました
赤い花みたいな者が一面に散りばめられてるんです
鮮やか過ぎてそれが逆に気持ち悪くなるくらいに

みんなも気味悪くなったみたいでもう帰ろうって話になって
慌てて車を出したんです。5~10分くらい走った辺りでしょうか
キャァァァァァァアアァ
って1番後に座ってた女の子が叫んだんです
みんな全身が硬直してました
冗談で叫んだとかじゃなくてなんというか。。。耳に刺さるような声で
もうその瞬間に洒落になってないって空気が一発で分かりました

真中の席の男がどうした!って言ったら
お腹に抱きつかれた!って女の子が言ったと思ったら
その隣りにいる子が今度はゲェェェって吐き出したんです
俺が大丈夫!?って聞いたらゴメンナサイゴメンナサイって謝ってました
多分俺に、謝ってるんだろうと思い込む事にします

850 3/3 2008/07/18(金) 13:17:48 ID:KnS7iOxG0
もう車の中はパニックでした
俺自身は特に異常がなかったので
1番近い友人の家まで行って皆降ろして友人に送らせました
で、俺1人になったんです、当然死ぬほど怖いです
車の中にいるのも怖いので明るくなるまで近くのコンビニで時間つぶしてました
で、そろそろ明るくなってきたなーってとこで帰ったんです
やたら霧が濃かったのを覚えてます
帰る途中見慣れた道を結構なスピードで走ってたら車の前に何かが飛び出してきました
反射的にハンドルを切ったんですが前輪と後輪が交互にバウンドしたんです
完全にやった、撥ね飛ばしたんじゃなく下敷きにした!
って頭が真っ白になりました、慌てて車とめて様子見たんです
混乱しててよく覚えてませんが救急車呼ぼうと思ったんだと思います
ですがその付近には何も、血すらついていませんでした
タイヤも念入りに調べましたが何もないんです

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餓鬼道

890 本当にあった怖い名無し sage 2009/10/12(月) 17:04:54 ID:rPcsvBcf0
江戸の大飢饉…… ~この世に現出された凄惨な飢餓地獄を見る~
http://members.jcom.home.ne.jp/invader/works/works_8_e.html

 天明の飢饉(1781~89)は、有史以来の大量死を記録した悲惨な飢饉である。
長期間にわたって全国で天候の不順や天変地異が続いた天明間は、天変地妖の時代とも言われ、
人々の間では ▲この世の終わりかと騒ぎ立てるほどだった。 特に東北地方では、やませ
(冷たい風)による冷害で壊滅的被害を受けおびただしい餓死者を出した。
天明3年(1783年)には浅間山が大爆発を起こし、火砕流によって、ふもとにあった村を焼き尽くし
多くの人々が犠牲になった。 ▲3か月間続いた噴火は大量の火山弾や火山灰を吹き上げ、
東北地方の冷害に追い討ちをかけ大凶作に拍車をかけたのである。

 江戸でも大風のため大火災が続発し、特に丙午(ひのえうま)であった天明6年(1786年)には、
3月には箱根山が噴火し地震が相次いだ。  4月になると長雨と冷気によって稲作に
悪影響を及ぼした。 7月には大洪水が起こり家々を押し流し、あたり一面海のように変わり果てた。
水害は、江戸だけでなく関八州に及ぶほどの広範で、あらゆる河川が氾濫したとある。
この現象は全国的規模で起こり、各地の田作に大被害を与えたのであった。

 この飢饉の様子を記録した「後見草」(のちみぐさ)によると、津軽地方が特にひどく、日々に2千人前後の
流民が発生し、他領に逃散していったが、そこでも一飯もない状態ですべて餓死に追い込まれた。
ここでは、先に死んだ人間の屍体から肉を切り取って食べる者もあらわれ、
人肉を犬の肉と称して売る者もいたという。

891 本当にあった怖い名無し sage 2009/10/12(月) 17:06:23 ID:rPcsvBcf0
 おまけに、疫病がまん延して、田畑は荒れ果て原野のようになり、そこら中、腐乱した白骨死体が
道ばたに積み上げられる惨状であった。 この有り様を中世で限り無く続いた戦での死者と言えども、
このたびの飢饉の餓死者に比べたら大海の一滴に過ぎないと評しているほどだ。

ある説では200万以上の人間が、この飢饉によって餓死したとも述べられており、戦乱や他の
自然災害を含めても、有史以来の未曾有の大量死であったと考えられている。

 「天明卯辰簗」(てんめいうたてやな)という飢饉の様子を記録した書は、飢餓下における人間の
身の毛もよだつ恐ろしい話を残している。
・・・この頃になると、人を殺して食うことも珍しくなくなった。 村人の一人が墓を掘り起こして
人肉を食べたのがきっかけで、ついには人肉を得るための殺人があちこちで起こっているのだ。
ある一家が、人を殺して食べたという罪で処刑されたが、この家を捜索してみると恐怖の真実が
明らかとなった。 大量の骸骨が散らばり、桶には塩づけにした人肉が山盛り保存されていたのである。