438 本当にあった怖い名無し sage 2008/12/13(土) 22:18:19 ID:bqBRjFQ0O
重複スレから拾って来たよ。
コピペ。
ケータイから失礼。本当にあった怖い名無し [] 2008/12/10(水) 09:15:48 ID:00Sr55040
AAS
あるコーラの工場で男性従業員の一人が無断欠勤をした。
サボるような男でもないし、自宅に電話を入れてみたが帰っていないという。
心配になった工場側は警察に捜索願を出すことにした。
しかし男性の行方はようとして知れなかった。
数日後、工員のひとりがこんなことを言った。
「そういえば欠勤した人なんですが、その前日に原液タンクの点検に行くって言ってましたよ……」 さっそく工場のみんなでコーラの原液タンクを調べると、男性の白骨になりかかった死体が見つかった。
男性は点検の最中に足をすべられて原液タンクに落ちてしまい、死んでしまったのだ。
彼がタンクに落ちてから発見されるまでの間、何万本ものコーラが作られ、出荷されて回収は不可能だった。
コーラの会社は各方面に圧力をかけてこの事件を隠蔽したという。
タグ: 警察
ゾンビ
これはかなり昔なんだけど、僕が高校生の時に
写真サークルに入っているときに先輩から聞いた話。
今はレンタルビデオで勤めているが、先輩はかって
ビデオバブルの怪人光山昌男並に地元の映画ファンや
アニメオタクから一目置かれている。まあ僕も時々顔を出して
映画の話をするのだが。
先輩はホラー映画好きで僕も先輩の影響でホラー映画を
よく見るようになった。ある時、先輩は
「ナイトオブザリビングデッド知っているか?」
「ロメロのゾンビ映画のですか?」
「お前あれは何で昭和40年代に公開されなかったと思う?」
「あれはモノクロだし、そんなに有名な俳優が出ていないからでしょ?」
「Aちゃん違うんだよこれが、実は公開される予定だったんだよ」
先輩は重い口を開いて、事実を話した。
ナイトオブザリビングデッドは当初、ワーナーが買い付けて1969年の夏に
公開する予定だった。
ところがある団体、正確に言えば中共かルーマニアあたりから金を
貰っている左翼団体がこの映画の公開を妨害していたのだ。
その左翼団体が言うには、「ホラー映画は商業的で、幼稚と退廃を招く」と主張している。
他にもその左翼団体のせいで劇場公開中止になった映画は
621 あるホラー映画が公開されなかった理由 sage 2013/08/01(木) 05:06:39.42 ID:STsFuOMz0
プラン9アウタースペース(ヘラルド) 1961年春公開中止
死霊の盆踊り(FOX) 1966年春公開中止
2000人の狂人(FOX) 1967年夏公開中止
エル・トポ(FOX) 1971年春公開中止
血みどろの入江(WB) 1971年夏公開中止
マッキラー(WB) 1972年夏公開中止
ウィッカーマン(WB) 1974年秋公開中止
クレイジーズ(ヘラルド) 1975年夏公開中止
SFレーザーブラスト(松竹富士) 1980年秋公開中止
ゾンビ3(松竹富士) 1980年冬公開中止
ビヨンド(東宝東和) 1981年冬公開中止
地獄の門(FOX) 1981年春公開中止
サマーキャンプ・インフェルノ(東宝東和) 1984年春公開中止
悪魔のサンタクロース/惨殺の斧(ヘラルド・エース) 1985年春公開中止
とホラー映画ファンの間では有名な作品ばかりだったという。
主な妨害工作は配給会社の前で大声でアジったり、映倫を買収して
支援活動と見えるように工夫し、上映許可の回答を先延したり、別の
言い訳(例えば興行収入赤字予想とされる)でやり過ごした。
僕は先輩に
「それで公開されなかったわけですね」
「違うんだよAちゃん、それが理由じゃないんだよ」
「まさか試写会までこぎつけたんじゃあ」
「そう、試写会までこぎつけたのよ、ただ例の左翼団体のサクラがね」
622 あるホラー映画が公開されなかった理由 sage 2013/08/01(木) 05:10:52.31 ID:STsFuOMz0
先輩は続けて話した。ナイトオブザリビングデッドの試写会では
左翼団体の大ブーイングが沸き起こった。左翼団体の連中は
スクリーンに物を投げつけたり、椅子をたたき壊したという、しかし
突然、左翼の一人がナイフを取り出し、大声で喚きながら
左翼の一人を突き刺したという。
「ところがこれで終わればいいんだけどまだ続きがあるのよ」
「え、刺したらニュース沙汰で中止じゃないのですか」
「違うんだよAちゃん、本当に怖いのはここからなんだ」
後日、試写会に参加した左翼の一人が突然発狂し、日本刀で
家族を皆殺しにした、また、他の奴は軽トラで街中を暴走し
民家に突っ込んだり、または自分の娘を殺害し後、ゾンビの
如く人肉を食べたり、先輩が言うには集団パニック状態だった
という。試写会に参加した左翼団体の連中は怪死か発狂している。
「Aちゃん、因果応報ってあるんだよね」
「ええ、勿論ですよ、ところで警察はどう判断したんです?」
先輩は大笑いして
「ハハハッ警察は左翼団体がエンジェルダストをきめていて
エンジェルダストの効果でおかしくなったと独断で決めてと
さっさと片づけたよ、ま後日、公安警察が例の左翼団体が
麻薬密売に関与していると決めつけて、大掃除に乗り出したんだけどね」
ウォーリーをさがせ!
皆さんは「ウォーリーをさがせ!」という本をご存じだろうか?
大勢の群衆が描かれているページの中から、赤と白の横じま模様のシャツに眼鏡をかけた「ウォーリー」を見つけ出して楽しむ、1990年頃に世界中で大ブームを巻き起こした絵本のことである。
しかし、この「ウォーリーをさがせ!」にはある恐ろしい秘密が隠されているという。
今から30年ほど前のイギリスで、8才の男の子が行方不明となり、その後、無残な遺体として発見されるという痛ましい事件が起こった。
その後、警察の必死の捜査により、一人の男が犯人として逮捕された。
男の名前は「ジム・ジャック」。
過去に、20名以上もの子供達を殺害していた精神異常者であった。
裁判の結果、「ジム」には責任能力が無いと判断され、警察の精神病院に収容されることとなった。
しかしそれから数年後、「ジム」は病院から脱走した。
再び指名手配されたものの、現在もその行方は分からぬままであるという。
それからしばらく経ち、ある一冊の絵本が出版された。
それには、脱走した「ジム」を一早く捜し出し、十分に注意をしなければならないという警告が込められているという。
そう、その絵本こそが後に世界中でブームを巻き起こした「ウォーリーをさがせ!」であったのだ。
「ウォーリー」は脱走した「ジム」のことを表し、チャームポイントである赤と白の横じま模様のシャツは、当時イギリスで精神異常の囚人に着せていた赤い囚人服そのものであるという。
強*ショーだの硫酸風呂だのに列をなす財界・政界・官界のジジイどもがいる。
(若くても、心がジジイだ。)金持ちのお偉いサン達の海外旅行コースしってるか?
バカラ賭博してショータイムは素人娘の強姦ショーを見るんだよ。
その後希望者は殺人ショーまで見れるし。哀れな娘さんは硫酸に生きたままぶちこまるんだ。
これはホントの話だよ。日本でも美人の少女が過去行方不明になる事件あるけどこれらは
そういうショーの餌に誘拐されて船で運ばれるんだよ。
警察は絶対に捕まえないよ。警察は権力者とグルだからね。
一時の興奮のために、犠牲になる女性がどんな思いをするかとか、親の気持ちとか、全く考えない。
こいつらが日本でもアメリカでも社会を動かしている。
そのジジイどもを手玉に取る裏社会がある。
誘拐された女子高生の裸体にのしかかったジジイは、後日、自分と女性の性交写真同封の封書を受け取る。
そのジジイの経営する企業は、裏社会のフロントと化す。
社員の必死の努力で得た利益は、裏社会へと消えていく。
ワケのわからない裏社会の系列会社から100万円の商品が1000万円で納入される。
一方で、社員はリストラされ、残った社員の負担は増えるばかり。これが、日本の構造。
裏の社会で10年生きたらこの日本のホントのシステムが全てわかるよ。
JALの使途不明金がいくらあるか? JALの筆頭株主が誰であるか?
この構造を打破しない限り、日本経済の再生などありえない。どうしたら、
排除できるか?裏社会を炙り出すためには、表に出ている裏社会のフロント
連中を追い詰めるしかない。
333 本当にあった怖い名無し sage 2005/10/19(水) 09:53:04 ID:cfIayA190
373 :水先案名無い人:2005/10/18(火) 19:21:46 ID:ZlAdgwNM0
僕の家の隣に女の子が越してきたのは小四の夏休みだった。
彼女の家庭にはお父さんがいなかった。
お母さんは僕の目から見てもとても若かったのを覚えている。
違うクラスになったけど僕と彼女は仲良くなった。
彼女はあまり明るいほうではなく、女子の友達も少なかった。
本ばかり読んで親しい友人のいなかった僕と彼女はお互いの家に遊びに行くほど仲良くなった。
そのうち彼女は愚痴を言うようになった。
母親がすぐ殴ること。
同じクラスの女子が意地悪をすること。
すきな男の子ができたけどその子はほかの女子にも人気があること。
最初は僕のほうがよくしゃべっていたけれど、この頃からは一方的に彼女が話し僕が聴くようになっていた。
ある日を境に彼女は学校に来なくなった。
好きだった男子の取り巻きたちにいじめられていたのが理由だ。
彼女は僕に会うたびに自分をいじめた女子が憎いといった。
そのいじめを見てみぬ振りしていたクラスの皆も憎いといった。
そして現実味のない復讐やクラスメイトの悪口を延々と話し続けた。
僕はただ黙って相槌を打っていた。
中学に入ってから彼女の素行が荒れ始めた。
夜遅くまで帰ってこないようになり、これ見よがしにタバコをすい始めた。
家庭環境も悪化し、深夜にいきなり親子喧嘩が始まったりもした。
一度は警察が彼女を迎えにやってきた。この頃から近所と折り合いが悪くなり、 中傷ビラや落書きなどの悪質な嫌がらせが彼女の家に行われた。
一度は郵便受けに刻んだ猫が入っていた。
僕も母に彼女と付き合うのをやめるよう言われた。
334 本当にあった怖い名無し sage 2005/10/19(水) 09:53:48 ID:cfIayA190
374 :水先案名無い人:2005/10/18(火) 19:22:16 ID:ZlAdgwNM0
僕が高校を出たとき、彼女は部屋に引きこもるようになった。
僕も彼女の姿を見ることがめっきり減った。
めっきりふけこんだ彼女のお母さんに話を聞くと
昼は絶対に出てこない。
ご飯は部屋の前においていく。
深夜になるとトイレに行くときだけ出てくる。
そんな生活を送っているようだ。
僕は久しぶりに彼女に会いにいった。
彼女は僕に会うのを拒絶した。
扉越しに帰れと怒鳴った。
何を話しても黙っていた。
一度なんかはドアがあいたと思ったら味噌汁をかけられた。
ちらりと見えた彼女はげっそりと青白くやつれていた。
絞った雑巾のようだった。
僕は毎日彼女に会いに行った。
親とけんかした。
やっとできた友達と疎遠になった。
それでも毎日彼女の部屋まで会いに行った。
当時、私は精神的に荒んでいて、よく大型バイクをかっ飛ばしたりしていました。
その日もバイクで走っていたのですが、広めの幹線道路は渋滞していました。
そこで、道の左端をすり抜けて進みました。
それなりに運転技術もありましたし、
『どうなってもいいや』
という部分があったので・・・
危険だと知りながら、それなりのスピードが出ていました。
そして、渋滞している車が途切れている所へ来た時に、対向車線からファミレスに右折する車に右側から当てられたのです。
車も急いで右折してスピードがあった為、かなりの衝撃でした。
今にして思えば、一瞬の事でしたが・・・
妙なスローモーションを見ている様な感じで、バイクに乗ったまま、私は電柱が正面に迫ってくるのが見えました。
その時、何か白いものが横から飛びかかってきて、私はそれに抱きつかれる様な感じでバイクから落ちて、道の脇にある歩道に転がりました。
転がるのが止まって、歩道に仰向けになっていると、その白いものは私の体から離れました・・・
それは、白い服を着た女の子でした。
その女の子は、
「ふぅ」
とため息を一つつくと、
「あぶなかったね」
と微笑みました。
そしてスッと消えました。
そして、私があまりの事に呆然としていると、肩を軽く叩かれ、耳元で
「あまり無茶をしちゃダメよ」
という声がしました。
でも、振り返っても姿はなく・・・
そうしているうちに、ぶつかった車の人が降りてきて、救急車が来て・・・
病院に運ばれて・・・と。
私は、足に軽い打撲があっただけで、ほとんど無傷でした。
事故の大きさと比べると奇跡的と言っていいぐらいに。
私のバイクは電信柱にぶつかり、グチャグチャに壊れていました。
後に警察に事情聴取に行った時..警官が・・・
「よく、バイクから飛び降りられたな、そのまま突っ込んで悲惨なことが多いんだが・・・」
と言いました。
私は、飛びついてきた、白い服の女の子を知っていました。
その事故の三年ぐらい前に交通事故で亡くなった、私の婚約者だったのです。
病院で息を引き取る時の最後の言葉・・・
「愛している、ずっと見守ってる」
その事が鮮明に思い出されました。
実際のところ、私が見たのは幻覚なのかもしれません。
でも、事故の時に来ていた皮のジャケットが警察から戻ってきた時、歩道と擦れて毛羽立ってしまった、傷だらけになった背中の部分に、細い腕と小さい手の形で無傷の部分がくっきりと残っていました。
彼女を失って、自暴自棄になっていたのが続いていたのですが・・・
その事故があってから、
『ちゃんと前向きに生きなければ』
と思える様になりました。