師匠シリーズ

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456 坂 ウニ New! 2006/06/03(土) 12:46:17 ID:3rNkYIQb0
大学1回生の夏。
『四次元坂』という地元ではわりと有名な心霊スポットに挑んだ。
曰く、夜にその坂でギアをニュートラルに入れると車が坂道を登っ
て行くというのだ。
その噂を聞いて僕は俄然興奮した。
いたのやら、いなかったのやら分からないようなお化けスポットと
は違う。車が動くというのだから、なんだか凄いことのような気が
するのだ。
とはいえ一人では怖いので、二人の先輩を誘った。

夜の1時。
僕は人影のない最寄の駅の前でぼーっと立っていた。
隣には僕が師匠と仰ぐオカルトマニアの変人。やはりぼーっと立っ
ている。
いつもなら僕がそんな話を持って行くと、即断即決で「じゃあ行こ
う」ということになる人なのだが、その時は肝心の車がなかった。
師匠の愛車のボロ軽四は原因不明の煙が出たとかで、修理に出して
いたのだった。
僕は免許さえ持っていない。
そこで車を出せる人をもう一人誘ったのだが、ある意味で四次元坂
よりも楽しみな部分がそこにあった。

457 坂 ウニ New! 2006/06/03(土) 12:47:07 ID:3rNkYIQb0
闇を裂いてブルーのインプレッサが駅前に止まる。
颯爽と降りてきた人はこちらに手を振りかけて、すぐに降ろした。
「なんでこいつがいるんだ」
京介さんという、僕のオカルト系のネット仲間だ。
「こっちの台詞だ」
師匠がやりかえして、すぐに険悪な空気に包まれる。
まあまあ、と取り成す僕に師匠が「どうしてお前はいつも、俺とこ
いつが一緒になるように仕向けるんだ」というようなことを言った。
面白いからですよ。
とはなかなか言えないので、かわりに、まあまあ、と言った。

師匠と京介さんは仲が悪い。強烈に悪い。
それは初対面のときに、京介さんが師匠に向かって、
「なんだこのインチキ野郎は」
と言ったことに端を発する。
お互い、多少系統は違えどオカルトフリークとしては人後に落ちない
自負があるらしい。
いわば磁石のS極とS極だ。反発するのは仕方のないことかも知れない。

458 坂 ウニ New! 2006/06/03(土) 12:48:19 ID:3rNkYIQb0
「まあまあ、四次元坂の途中には同じくらいの激ヤバスポットもあ
 りますし、とりあえず楽しんで行きましょう」
なんとか二人をなだめすかして車に押し込める。
当然師匠は後部座席で、僕は助手席だった。
「狭い」
師匠の一言に京介さんが、黙れと言う。
「くさい」
と言ったときは、車を停めてあわや乱闘というところまで行った。
やっぱりセットで呼んでよかった。最高だ。この二人は。
そんな気分をぶっこわすようなものがいきなり視界に入ってきた。
対向車もいない真夜中の山中で、川沿いの道路の端に巨大な地蔵が浮か
び上がったのだった。
比較物のない夜のためか、異常に大きく見える。体感で5メートル。
「あれが見返り地蔵ですよ」
車で通り過ぎてから振り返ると、側面のはずの地蔵がこっちを向いてい
て、それと目が合うと必ず事故に遭うという曰くがある。
二人が喜びそうな話だ。
喜びそうな話なのに、二人とも何もいわず、振り返りもしなかった。
ゾクゾクする。
怖さのような、嬉しさのような、不思議な笑いがこみ上げてきた。
振り返れないから、僕のイメージの中でだけ道端の地蔵は遠ざかり、
曲がりくねる闇の中に消えていった。
もちろんそのイメージの中では、こちらを向いていた。無表情に。

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