この怖い話は約 4 分で読めます。

窓際に頬杖をついて、ぼうっと広場の隅を見ている。
なんだか胸がドキドキした。僕は広場の真ん中にり突っ立ってその人を見上げていた。でもいつまで経ってもその人はこっちに気づく気配はなかった。僕は方位磁針をポケットに仕舞ってから、あのぅ、と言った。
あんまり声が小さかったので、すぐに「すみません」と言い直した。それでもその人は気づいてくれず、ぼうっとしたまま外を見ていた。なんだか恥ずかしくなってきて帰りたくなったけれど、もう一回声を張り上げた。
「すみませぇん」
次の瞬間なにかかが弾けたような感じがした。その人がこっちを見た。わ、どうしよう。確かに、ぱちんという感じに世界が弾けたのだ。
その人は最初驚いたような顔をして、次にぼうっとしていた時間が去ったのを惜しむような哀しい顔をして、それから最後ににっこりと笑うと「こんにちは」と言った。

526 先生 前編  ◆oJUBn2VTGE さる 2009/08/22(土) 00:01:05 ID:ZFtl5JP90
僕にだ。僕に。
「どうしたの」
その人は窓から少し乗り出して右手を口元に添える。
「ここはどこですか」と僕はつまらないことを聞いてしまった。
なにかもっと気の利いたことが言えたら良かったのに。
「ここはね、学校なの」
「え?」
「がっ・こ・う。ね、上ってこない? すぐそこが玄関。下駄箱にスリッパがあるから履いてらっしゃい」
「は、はい」と僕は慌ててその建物の玄関に向かった。開け放しの扉の向こうに、埃っぽい下駄箱と板敷きの廊下があった。

電気なんかついていなかったけれど、ガラス窓から明るい陽射しが差し込んできて中の様子がよく見えた。左右に伸びる廊下には「一、二年生」や「三、四年生」と書いてある白い板が壁から出っ張っていて、その向こうは小さな教室があるみたいだった。
玄関の向かいにはすぐに階段があって、僕は恐る恐る足を踏み出す。なにしろ片足を乗っけただけでギシギシいう古ぼけた木の階段なのだ。狭い踊り場の壁には画鋲の跡と、絵かなにかの切れ端がくっついていた。
二階に着くと一階と同じような板敷きの廊下が伸びていて、その左手側の教室からさっきの女の人が手を振っていた。
「いらっしゃい」
僕はなんて返事していいか困った挙句、「どうも」と言った。その人はくすりと笑うと、「ここはね、むかしは小学校だったの。今はもうやってないけど。子どもが減ったのね」
と、僕を教室の中に誘った。白い板には「六年生」と書いてあった。
小さな教室には机が五つあった。それが最後の卒業生の数だったのかも知れない。僕はたくさんの机がぎゅうぎゅうに詰まっている自分の学校の教室を思い浮かべて、なんだか目の前のそれがおもちゃのように見えて仕方がなかった。

527 先生 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/22(土) 00:03:15 ID:ZFtl5JP90
その人は机に手を触れながら、明るい表情で言う。
「もともとこの土地は私の家のものだったから、廃校になったあと返してもらったのよ。ボロの校舎付きでね。壊してもいいんだけど、今は家に私と母がいるだけだからおうちなんて小さくてもいいもの。ほら、校舎のすぐ横に平屋があったでしょ。あそこに住んでるのよ」
そう言われればあった気がする。
「今は夏休みでしょう。私、夏休みのあいだこのあたりの子どもたちにここで勉強を教えてあげてるの」
「勉強?」
「うん。私、隣の町で小学校の先生をしてるの。臨時雇いだけど。私も夏休みだから、することがなくって。暇つぶしもかねてね。だからこの夏休み学校ではお月謝はもらってないの。ただし午前中だけね。

Page: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35

bronco

Recent Posts

3階のドア

三階のドア(全③) ① 俺が小…

6年 ago

見て見ぬ振り

ある会社に同期入社のAとKがい…

6年 ago

ひそひそ声

自転車で走っていた時、ヒソヒソ…

6年 ago

化け猿

今から16年程前の小学四年生の…

6年 ago

カラコロシ

中学の時の地元での話。 うちの…

6年 ago

事故状況

やっと書き込める 怖い話なのか…

6年 ago