この怖い話は約 4 分で読めます。

666 先生 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/28(金) 22:55:40 ID:4kHIdhSj0
「なあ、中には入らなくていいだろ」
「なに言ってんだ」
「いいだろ。場所は教えたんだし、あとは中入って真っ直ぐだし」
タロちゃんは本格的にビビってしまっているらしい。ここまできたのは当初の目的である僕を顔入道の所へ連れて行くためだとあくまで主張するタロちゃんをシゲちゃんが「臆病もん」と非難する。その怯えように僕まで怖くなってくる。
「ようし、じゃあ俺たちが先に入ってやるからそこで待ってろ」
帰ってきたら今度はお前の番だぞとタロちゃんを睨みつけて、シゲちゃんは僕を促した。タロちゃんはホッとした顔で、「ああ、いいよ」と妙に強気な口調で返す。
なるほど、タロちゃんからしたら洞窟の中の顔の表情さえ確認できたら良いのだろう。怒ってさえなければ。岩に描かれた顔が変わるなんて、そんなことあるわけないと分かっているのに、頭のどこかでそれを想像して足が動かないのだ。それは僕もよく分かる。
暗闇に包まれてほんの少し奥も見えない洞窟の中。振り向くと、わずかな星明りの下に四方の山々が黒い胴体をのっぺりと横にしている。人間の光なんてここからはなにも見えない。
何百年も前にこの洞窟の奥へと消えたお坊さん。その人はそれからこの世界に戻ることなく、即身仏になったんだという。
即身仏ってのはようするにミイラのことだ。生きたまま断食をし続けてそのまま死んでしまうってこと。
どんな気分なんだろう。瞑想をしたままお腹が減りすぎて、だんだんほとんど死んじゃったみたいになってきて、ある瞬間に死の境目を越えてしまう。その時って、どんな気分だろう。そのことを想像するとどうしようもなくゾッとしてしまった。
「行こうぜ」とシゲちゃんが僕をつつく。
迷うまもなく、僕はぐいぐいと背中を押されるように洞窟の中へ連れて行かれる。タロちゃんは本当に入ってこない気のようだ。
足元には小さな石がゴロゴロ転がっていて、足の裏の変な所で踏んでしまうとやけに痛かった。

668 先生 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/28(金) 22:58:44 ID:4kHIdhSj0
大人でもなんとか屈まずに通れるくらいの高さの洞窟はところどころ曲がりくねっていて、懐中電灯を前に向けていても先はあんまり見通せない。前を行くシゲちゃんがソロソロと足を進め、その爪先が石を蹴っ飛ばすたびに僕はその音に驚いて縮み上がった。
二人並んで進むには狭すぎる。奥からはかすかな空気の流れと、カビ臭いような嫌な匂いが漂ってくる。
ドキドキと心臓が鳴る。「もうすぐだ。ちゃんと歩けよ」とシゲちゃんが僕を励ます。
僕の目は曲がりくねる暗闇に、ありもしない幻を見ていた。それはヒラヒラとしている。んん? と思ってじっと見ていると赤いような灰色のような布が曲がり角の先に見え隠れしている。
何度角を曲がってもそれはヒラヒラとその先へ消えて行く。どうしてこんな幻を見るんだろうと僕はぼんやり考えていた。その赤い布が着物の裾に見えた時、初めてこれは幻じゃないんじゃないかと思えて怖くなった。
シゲちゃんは見えていないのか、なにも言わない。でもそれはどうしようもなくヒラヒラしていて、僕の中では一体なんなんだと叫びながら走って追いかけたいという思いと、このまま後退して逃げ出したい気持ちがせめぎあっていた。
ひんやりした夜露が天井からポトリと落ちて、それが足首に跳ねる。闇の中に僕とシゲちゃんの息遣いだけが流れて、その向こうに赤い着物の裾がヒラヒラと揺らめく。
それはやっぱり現実感が薄くて、けれど即身仏があいまいな生と死の境をすぅっと越えたように、この洞窟にもどこからかそんな境目があって、それをすぅっと越えた瞬間にあの幻が現実になって今度は僕らの存在が薄くなっていくんじゃないかな。
なんてことを色々考える。なんだかくらくらしてきた。
「ついた」
シゲちゃんが足を止める。僕はその肩越しに覗く。足元を照らしていた懐中電灯をゆっくりと上げていく。暗闇の中に白いものが浮かび上がる。心臓が飛び跳ねた。
ゾゾゾッと背筋に悪寒が走る。白いものは円形の洞窟の断面全体に広がっていて、とおせんぼをするように立ち塞がっている。丸い岩ががっしりと嵌り込んでいるのだ。こんなに大きいとは思わなかった。目の前いっぱいにその白いものがどっしりと構えている。

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