この怖い話は約 3 分で読めます。

念のために持ってきた方位磁針をリュックサックから取り出して右手に持ったまま休まずに足を動かす。
時どき山鳩の声が響いて、バサバサと葉っぱが揺れる音がする。それから蝉の声。それも怖くなるほどの大合唱だ。
チラリと見上げると葉の隙間からキラキラと光の筋が零れている。ずっと上を向いて音の洪水の中にいると、ここがどこなのか分からなくなってくる。

532 先生 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/22(土) 00:08:31 ID:ZFtl5JP90
先生の字はカッコ良かった。今までのどんな先生よりもカッコいい字だった。だから、その世界四大文明という言葉も、凄くカッコいいものに思えてなんだかワクワクしたのだった。
「世界史って言ってね、あなたが学校で習うのはまだ先だけど、算数も国語も社会も理科も嫌いなら勉強自体が嫌いになっちゃうじゃない。勉強することなんてまだまだ他にたくさんあるんだから、自分が好きになれるものを見つけるのもきっと大事なことだと思う。
ノートも取らなくていから、気楽に聞いてね」

そうして先生は僕に世界史の授業をしてくれた。はじめて体験する授業はとても面白く、先生の口から語られる遥か遠い昔の世界を、僕は頭の中にキラキラと思い描いていた。
やがて先生はチョークを置き「今日はここまで」と、こちらを向いた。エジプトのファラオが自分のピラミッドが出来ていくのを眺めている姿が遠のき、僕は廃校になったはずの小学校の教室で今日出会ったばかりの先生と二人でいることを思い出す。
「どう、面白そうでしょう」と聞かれたので、うんうんと頷く。先生はにっこりと笑うと、「よかった。実は私、大学で史学科専攻だったの。準備なしだから、算数以外だとこれしか出来なかったんだな」と言ってペロリと舌を出した。
その仕草がとても可愛らしくて、僕はショックを受けた。つまりまいってしまったのだ。
「もうお昼ね。今日はおしまい。明日はもっと早くきなさい」
だからそんな先生の言葉にもあっさりと頷いてしまうのだった。
なんだかふわふわしながら校舎をあとにして、広場ならぬ校庭で振り向いた僕を二階の教室の窓から先生が手を振って見送ってくれた。

ぶんぶんと僕も負けないくらい手を振ったあと、明日も絶対くるぞと心に誓って帰路についた。
やっぱり帰るにはあの鎮守の森を抜けなくてはならないと聞かされた時はゲッ、と思ったけれど今日あったことを思い返しながら足を無意識に動かしていると気がつくと森を抜けていた。

533 先生 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/22(土) 00:10:17 ID:ZFtl5JP90
くる時はあんなに薄暗くて怖い感じがしたのに、今度はやけにあっさりと通り抜けてしまったものだ。
そのあと僕はイブキの木のある家に帰って、ばあちゃんが作ってくれたそうめんを食べ、放り投げていた宿題を少しやってから昼寝をして、ヨッちゃんとその友だちに混ざって缶蹴りなどをしていると一日が終わった。
その夜、シゲちゃんがいない家はやけに静かで、電気を消してから僕は蚊帳越しに天井の木目を見上げて、今日出会った先生とあの小さな学校のことを考えた。
今朝、勉強なんか嫌いで外に飛び出したのに、今は早くあの学校に行きたくて仕方がなかった。なんだか不思議だった。

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