この怖い話は約 3 分で読めます。

今まで太陽の熱が暴れ回る場所で遊んでいたのに、ここは黒い土に地面が覆われ、空気はしっとりしていて、身体の中から冷えていくような感じがする。
それまでに登ったほかの山や森ともどこか違う。
「カンバツもほとんどしとらんから」とシゲちゃんは言った。そのころはカンバツというのがなんなのか良く分からなかったけれど、きっとそれをしないのはここが鎮守の森だからなのだろうというのは理解できた。
ひっそりと静まり返った(後から思い出すと蝉がうるさいくらいに鳴いていたはずだったのに、確かにその時はそう思ったのだった)参道を通って、ちんまりした神社の本殿にたどり着く。

光も影も斜めに屋根や板壁に走り、それがずっと何百年も昔からそこにそうやって張り付いているような気がする。時どきサラサラと葉っぱの形に揺れて、そんな時にようやく僕は時間の感覚を取り戻した。
チャリン
と音がして、そちらを向くと賽銭箱の前にシゲちゃんが立っている。ボロボロで苔が生えていて、誰かがお賽銭を回収しているのかどうかも、ちょっと怪しい。

517 先生 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/21(金) 23:12:28 ID:YUHlb2rI0
実は江戸時代くらいからのお賽銭がゴッソリと溜まっているんじゃないかと覗いてみたけれど、暗くて良く分からず、それでもゴッソリと溜まってる感じでもなかったので、どうやらここへ参拝にくる人自体がめったにいないんだろうと僕は考えた。
そしてズボンのポケットから十円玉を取り出して投げ入れる。
その神社に何の神様が奉られているのか誰も知らなかったけれど、チリンというとても良い音がしたので、僕はその音に手を合わせた。
やがて「もう帰ろうぜ」とタロちゃんが言って、境内から出たがり始める。心なしか内股でもじもじしている。

どうもおしっこを催してきたらしい。口ばかり達者なくせに恐がり屋な面があるタロちゃんは、この鎮守の森の奥深くに眠る神社の聖域をおしっこなんかで汚してしまうことに畏れを感じているようだった。ようするにビビッてたワケだ。
僕とシゲちゃんはタロちゃんを苛めることよりも、その場を離れることを選んだ。僕らも僕らなりにその森になにか近寄りがたいものを感じていたのかも知れない。
クスノキが枝葉を手のように伸ばす薄暗い参道を抜け、また黒土の山道に出る。気が焦っているタロちゃんが「あれ、どっちだっけ」とキョロキョロしていると、シゲちゃんが「こっち」と元きた道の方を正しく指さした。
僕はふと反対方向へ抜けるもうひとつの道に目をやった。道はすぐに折れ、木立の群に飲み込まれてその先は見えない。この道の先はどこに通じているのだろう。むくむくと好奇心がわき上がってくる。
「こっちはなにがあるの」

そう聞くと、シゲちゃんは「なんにもないよ」と言ってさっさと元の道を戻り始めた。
僕はその奥へ行ってみたい誘惑に駆られたけれど、ひとりで鎮守の森に残される心細さがじわじわと胸に迫ってきてその場に立ちすくんでしまった。
そうしていると、いきなりバサバサと頭の上の木のてっぺんあたりから大きなものが飛び立つような音と気配がして、思わず見上げるとその瞬間に覆い被さるような木の枝や葉っぱやそこから零れる光の繊維がぐるぐると僕の視点を中心に回り出したような感覚があった。

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