この怖い話は約 3 分で読めます。

696 先生 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/29(土) 00:05:08 ID:mwHzvPwJ0
先生は窓際のいつもの席に腰掛けて真剣な顔をして聞いている。花柄の白い服が射し込む太陽の光を反射してキラキラ輝いて見えた。
今朝、先生は昨日僕がこなかったことを怒りもせずに、いつもの笑顔で二階の窓から校庭の僕に手を振ってくれた。今日もだけど、昨日もほかの子はこなかったらしいから、きっと先生は午前中ずっと教室で僕を待っていたはずなのだ。
二階の窓際で頬杖をついて。ぼうっと校庭を見ながら。それを思うと、僕は胸が痛くなる。先生みたいな、若くてきれいで頭が良くて優しい人が、こんな誰もこない山の中でじっと僕みたいなただの子どもを待ってるなんて。
先生は言わないけれど、きっと東京でしたいことがあったんだろう。好きな人だっていたかも知れない。そんなものを全部捨ててこの田舎へ帰ってきて、夏のあいだずっとこんなオンボロの学校でたった数人の生徒を毎日待っているのだ。
僕が算数の問題を解いているあいだ、時どき先生は窓の外を見ながらぼんやりしている。そんな時、先生はそこにいるのにそこにいないような感じがする。その横顔を覗き見するたびに、僕はなんだか悲しくなるのだった。
「そんなことがあったの」
先生は顎の先に、折り曲げた人差し指をあてて頷いた。
「顔入道さんのことは聞いたことがあるわ。わたしが子どものころにも男の子なんかは肝試しに行っていたみたいね。わたしは見たことないけど」
不思議な話ね。
先生はそう呟いてあのぼんやりした表情を一瞬だけ見せた。僕は何故か慌てて、「こんなことってあると思う?」と問いかけた。
先生は我に返ったように目を大きく開くと、「この世の中は不思議なことだらけよ。とくにこんな田舎にはね、生活のすぐそばにおかしな迷信や言い伝えがあるの。学校で習う物理や算数よりもずっと近くに。私も、都会の生活が長くなっていくにつれて忘れそうになっていたけど」
先生がふっと息をつくと、外はうるさいくらいジワジワジワジワ蝉が鳴いていたのに、教室の中は変にシーンとした。

697 先生 中編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/29(土) 00:08:00 ID:mwHzvPwJ0
ただの岩が怒ったり笑ったりするのも、学校では習わない不思議な力が働いているからだろうか。ただの森を鎮守の森なんて呼んで神社を建てるのも? 
お仕置きをするため暗く狭い場所へ僕を押し込める父親の顔と、暗闇でひとりになった後で誰かがいつのまにか背後にいるようなあの振り向けない感じが頭の中をよぎった。
「でも理科や算数を教える先生としては、それで終わりってわけにはいかないわね」
その時僕が感じたことをなんて言えばいいんだろう。
先生はゆっくりと立ち上がり、僕のまだ知らないことを楽しく、そして優しく教えてくれるあの素敵な表情をした。
僕を、どうしようもなくワクワクさせてくれる大好きな顔だ。
先生は教壇に立ってチョークを握り、黒板にスッスッと手を走らせる。
その指が描き出す、白くて涼しげな線を僕は息をするのも忘れてじっと見つめていた。

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