Categories: 師匠シリーズ

怪物 「結」

この怖い話は約 4 分で読めます。

98 師匠コピペ32 sage 2008/10/27(月) 11:34:19 ID:IsGl4y7f0
346 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 23:13:44 ID:ScuN9+/G0
「帰った方がいい。ここは危ない」
眼鏡の男が早口でそう言い、近寄ろうとする。女の子はまた木の裏側に隠れた。男
が腕を前に伸ばしながら、回り込もうとする。すると、その子はその動きに沿って
ぐるぐると反対側に回る。
「あれ、なんだこいつ。なに逃げてんだよ、おい」
眼鏡の男が苛立った声を上げるのを、ブランコに揺られながらキャップ女がせせら
笑う。
「あんたロリコン?」
「うるさい」
「ちょっと、やめなさいよ。怯えてるじゃないの」
おばさんが男をなだめる。
「大したものだな。この子、この歳であたしたちと同じモノ見てるんだよ」
キャップ女の口の端が上る。
そんなバカな。こんな小さな子どもが、私と同じことを考えてここまでやって来た
というのだろうか。
そう思ったとき、私の耳がある異変をとらえた。
「し」と誰かが短く言う。
息を呑む私たちの耳に、鳥の鳴き声のようなものが聞こえて来た。
ギャアギャアギャア……
カラスだ。
私はとっさにそう思った。公園の中じゃない。
全員が身構える。
鳴き声は次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
ブランコが錆びた音を立ててキャップ女が降りて来る。
「なんて言ったと思う?」誰にともなく、そう問い掛ける。
「警戒せよ、だ」
彼女は私の顔を見てそう言った。なぜかデジャヴのようなものを感じた。
足音を殺して、全員が公園の出口に向かう。行動に転じるのが早い。躊躇わない。

99 師匠コピペ33 sage 2008/10/27(月) 11:35:38 ID:IsGl4y7f0

351 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 23:19:15 ID:ScuN9+/G0
私も深呼吸をしてからそれに続く。
公園の敷地を出てから、すぐにアスファルトを擦る靴の音がやけに大きく響くこと
に気づく。眼鏡の男の革靴だ。みんな足音を殺しているのに。
複数の睨むような視線に気づきもしない様子で、彼は先頭を切って公園に面した道
路を右方向へと進む。月の光に照らされる誰もいない夜の道を、5つの影が走り抜
ける。5つ? 振り向くと、小さな少女が厚手の服をヒラヒラさせながら、少し離
れてついて来ている。
青い眼が月光に濡れたように妖しく輝いて見える。
あれも肉体を持った人間なのだろうか。なんだかこの夜の街ではすべてが戯画のよ
うに思える。そしてこれから、なにかもっと恐ろしいものを見てしまうような気が
して足を止めたくなる。それは、昼と地続きの夜を生きる人にはけっして見えない
もの。引き抜かれた道路標識などとはまた違う、自分の中の良識を一部、そして確
実に訂正しなくてはならないような、そんなものを。
私はいつのまにか現実と瓜二つの異界に紛れ込んでいるのではないだろうか。慎重
に足を動かしながらそんなことを考える。
細長い緑地が住宅地の区画を分けていて、その一段高い舗装レンガの歩道の上に大
きな木が枝を四方に張っていた。生い茂る葉が月を覆い隠し、その真下に出来た闇
に紛れるように小動物の蠢く影が見えた。
立ち止まる私たちの目の前でギャアギャアという不快な声を上げ、その影がふたつ
飛び立った。
カラスだ。2羽は鈍重な翼を振り乱して、あっというまに夜の空へ消えて行く。
私たちは息を潜めてカラスたちがいた場所を覗き込む。暗がりに、それはいる。
ああ。やはりこちらが夢なのかも知れない。私の知っている世界では、こんなこと
は起きない。
「エエエエエエエ……」
弱弱しい声を搾り出すようにして、身を捩じらせる。それは、まるで巣から落ちて
しまったカラスの雛のように見えた。さっきの2羽が心配して覗き込んでいた両親
だろう。けれどあの悲鳴のような鳴き声は、我が子を案じる親のそれではなかった。

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